第二章:スタッフの名前と顔を覚えよう


特別連載企画
 ~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

lobby-2600880_960_720

●人の顔って覚えられる  
大きなホテルには、玄関の顔とも言えるチーフドアマンがいる。 
けっして楽とは言えない動きを伴う業務であるが、年齢もかなり重ねた人達がこの職に就いている。
顔を覚え、お客様に安心感を与える職務なので、多くは専門職としてたたき上げた人が多い。
ニューオータニの当時のドアマンH氏もそうだ。

ニューオータニの場合、構内に入ってから玄関に到着するまで距離があるのでこうした対応策を講じることができる。
車両が構内に入ってくる。一目見て、どこの誰であるかを察知し、それに合わせて駐車スペースを確保する。
ちなみに駐車台数700台を超えるスペースがどれほど埋まっているかを、チーフはほぼ把握している
車種を見て、どこの(会社、団体)誰か(名前)を理解している。
そして、帰るときは顔を見て瞬時にその名前を口にし、駐車している車を誘導する。

わたしが高校二年のとき、年明けに百人一首大会を行った。
それに備えて百の歌を一通り目を通してみた。
聞き覚えのある歌もあるが、覚えるという意欲は当然ない。
そんな状況で友人の一人が、上の句の5文字を聞いて下の句14文字が出てくるように
(ex 田子の浦に―――富士の高嶺に雪はふりつつ)覚えていた。
普段短歌なんて全く興味を示さない人間だが、この時はすさまじかった。非常に効率的、取るのも早かった。

ドアマンの情報収集、覚え方をみていたら、ふと、そんなことを思い出していた。
歌全体を理解し、余韻まで感じ取るのではなく、感性とひらめきを発揮し、合理性を追及する。
これは理系の人間だなと推測。尋ねてみたが、理系出身者は0だった。
館内にはグリーター、すなわち接遇担当のスタッフが待ち構える。
こちらは重要客、顧客の案内要員だ。
こちらも名前、顔を覚えることももちろんだが、個人の嗜好なども頭にいれる。
時として会話を伴うことがあるからだ。
さて、第1章で登場したK氏のことだ。
私が入社3年目を迎えたころだったと思う。ベルデスクで業務に就いていたときに声をかけられた。

「椿君、今年の新入社員は元気いいだろう・・・」
「ええ」

K氏は業務の状況を見て、我々一般のスタッフにもよく声をかける。
K氏は採用面接のときに履歴書を隅々まで目を通す。
そして入社が決まると、改めて一人ずつ履歴書を見直す。ご自身の頭の中にその新入社員の人となりを築いていく。
そして現場に配属された新入社員が元気に勤務しているか見る。
その上で新入社員に声をかけてまちがいはないか確認するのだった。K氏が新入社員に声をかけているのを何度か目にした。

「常務のこと知っているの?」
「いえ、特に面識はないんですけど・・・」
中には「どなたでしたっけ?」
と、拍子抜けするような人間もいたが、やはり新入社員にとっては、感動もするし、喜びもする。
いきなり役員から声をかけられ、それも「元気か?」「楽しい?」「慣れた?」と
元気を促すような言葉の数々である。やる気を喚起しない者はいなかったろう。
K氏のスタッフチェックはその後も続く。基本的には、スタッフが順調に伸びているか、
モチベーションを維持しているかを見るためのものだが、
声をかけられる若い社員たちはこんなふうに自身を高めていく。

ありがたいです
やる気出ます
がんばろうって思います
でも緊張もするよね

さて、上司から声をかけられるということは、
「ありがたい」「やる気を喚起する」という一方、確かに「緊張する」ということもある。
そして、受け答えに失礼があってはならないと言葉遣いに注意し、挨拶を身に着けていくのである。

私は43歳になるときに一つの部署を看るという立場になる。
ところがその部署というのが「ゲストサービス課」というスタッフ総数260名の大所帯だった。
ここまで大きいとスタッフとの接点というのは希薄になる。
ベル100名あまり、ドアマン15名、客室140名程度、事務所5名といった配置。まず何からするか? 
どうも勘違いをしてしまったようだが、このとき手始めに行ったのが「飲み会」だった。
全員集めてのパーティーではなく、それぞれのグループ、班で行うことにした。
3ヵ月で30回ぐらいか、「支配人、本当に飲むことが好きなんですね」「体、気を付けてくださいよ」
「支配人、本当にいいなぁ」さまざまなことをみんな思ったようだ。
勘違いをしたというのは、スタッフはみんな私のことを悪く思っていないと勝手に思い込んでしまったことだ。
自分自身では、こんなふうに思っていた。これだけ大きな部署を看るとなれば、細かい業務知識は必要ない。
判断と職場環境、そして問題が起きたときの対応だけだと。
 
 
職場環境っていうけれど
1回で同行するメンバーは10名程度。
それ以上になると、話ができない。なるべく多くのスタッフと直接話をしたい。
一度話をすれば、なにかあったとき話してくれる。
だから「今度は別のメンバーでいくか・・・」といえば、
律儀に自分が話しやすいメンバーを集めてくる人間もいた。ある種これが目的だった。
つまり、スタッフの名前と顔を一致させることが第一だが、
同時にスタッフがどんなことを考えているか、朧気ながらでも認識すること。
そしてその生の声をきくことだった。これは何もその部署の長だからという訳でもない。
誰でもいい、何か思うことがあったとき、話ができる上司なり、先輩がいる、いなければ作る。
そんなことを心がけてもらいたかった。

現在勤務している会社で、入社して日の浅いスタッフと話したことがある。
端的にいえば、上席の人間のあたりがきつく、なじめない。
同じ施設のスタッフは右に倣えで、職場で浮いた状態になっている。挨拶しても返してもらえない。
サービス業についたときから、「挨拶」については口うるさく言われてきた。サービスは挨拶で始まり、挨拶で終わる。
状況に応じた挨拶の種類、声の発し方・・・そしてそんな挨拶も職場内で恒常化することで身についていく。
朝、配属されたスタッフは元気よく「おはようございます」「こんにちは」と職場に姿を見せる。

当たり前のことではあるけど、みんなに頭を下げるって緊張すること、だよね。
さて、こうした時、若手スタッフの態度、言葉遣いには厳しいが、それに対応する上席の者には何ら注意はない。
私は挨拶というものはコミュニケーションであると認識している。であれば当然「一方通行」のものではない。
つまり、若手スタッフに挨拶されたら、何か作業をしていても顔を見て、応じるのが礼儀だ。

話を戻そう。入社して日の浅いスタッフから話を聞いたとき

「挨拶してくれないって、向こうは君が挨拶していることに気が付いているの?」
「気が付いていると思います」
「気が付いていなきゃ、極端な話 独り言とおなじだよ・・・
照れくさいかもしれないけど、周囲にもわかるように、大きな声で‘おはよう’っていうんだよ」
「・・・はい・・・」
「それでも返事がなきゃ、それはコミュニケーションを拒んでいることになる」
職場での挨拶がきちんとなされないで、どうして、お客様に挨拶ができるだろうか?
往々にして「お客は別だよ」と言われる。こう言われた時点でもうだめだ。
「お客」ではなく「お客様」と日頃から口にできないと、もうだめだ。
職場内で「おはようございます」「こんにちは」「お疲れ様です」と
はっきりと口に出せる環境を作り出すことができない人間が、
あのチーフドアマンやグリーターの仕事ができるとは思えない。
サービスってその人柄を表すものだと認識している。

こういう意識の基本には、やはりK氏の姿がダブってくる。
働きやすい職場環境って誰が作るのだろう?
新しく入ってきたスタッフ?職場の長?キャリアのある中堅のスタッフか?
・・・・誰か、ということではないだろう。その誰もがということになるのか。
いずれにしてもモノを言え、凛とした緊張感をもって業務には望みたいものである。

ちなみに高校時代の百人一首大会。私はあまり芳しくなかった。
どうもモノを覚えるとき、しっかり頭の中で理解を深め、自分で納得しないと頭に入らないようだ。

コメントをどうぞ

Spam Protection by WP-SpamFree

▲ページの先頭へ戻る