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第九章 前半 :暴力団のお祝い事


第九章 前半 :暴力団のお祝い事 
 
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
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かつて暴力団にとって、ホテルは恰好のたまり場だった。
ティールームで、それらしい人がいると、一般のお客様は近づきたくないし、
笑顔で話していた人たちも口を閉ざしたりする。店舗全体が異様な緊張感に包まれる感じだ。
2004年、暴力団排除条例が施行、全国各地に「暴力団排斥」のポスターが目に入るようになってくる。
あれは、その一時代前のことである。
私はやくざのお祝い事、それも組長の出所祝いという宴会を受注したのである。
今でも、安全管理室のスタッフと会うと「しっかり残っているよ、担当:椿って」
「燦然と輝いているか」実は宴会予約ではいい例に名前が上がらない。
何しろ、「披露宴やりなおし」「招待状配布」など、
普通考えられないことをやっているから、ここでは大きなことは言えない。
●実は出所祝いというお祝い事でした
「椿、悪いけど顧客担当の○○課長紹介のお客さんがこれから来るんだけど・・・
婚礼のお客さん来ることになってさ。悪いんだけど、出てくれる。」

「いいですよ」(あっさり)
聞けば、国会議員の先生の紹介だという。粗相がないように、希望に合わせて対応するようにとのことだ。
ところが、実際に来館された男性二人は何とも怪しい。
一人はあのノンフィクション作家 佐藤優氏に似た丸顔に鋭い眼光。もう一人は細面の天津敏タイプ。
出された名刺は赤坂の病院の参事。

会合の趣旨を尋ねる。「お祝い事」とのこと。
医療関係だから、何か表彰されることか、患者の退院だろうと推測。
どちらにも合う言葉だろうと「お出になるんですね」と尋ねると二人は顔を見合わせ「そうだよ」と答える。
まさに「出る」ことのお祝いだった。内容はこんな感じだ。人数30名程度。一人2万円程度。
お支払いは飲み物のこともあるので当日でも、後日でも大丈夫ですということで打ち合わせを終えた。
「食事数の確認をしたいので、前日にご名刺宛にお電話させていただいても・・・」
「いいよ」

顧客担当の○○課長に報告。
「よろしく頼むよ」と一言。

前日。所轄の麹町警察の方が安全管理室のスタッフといらっしゃる。
最初は気にも止めていなかったが、指定暴力団住●会組長の出所祝いと耳にして、ちょっと気になる。
「椿、この宴会は、どんな感じ?」
「〇〇課長からご紹介いただいた物件で、赤坂の▲▲クリニックの参事の方が申し込みにいらっしゃいました・・・」
あえて怪しい感じだった。ということは言わなかった。
紹介いただいている宴会であるし、直前にゴタゴタするのも嫌だった。

当日。夕方、玄関が騒々しい。ドアマンから電話がかかってきた。
私が受注した物件がどうやら暴力団のお祝い事らしい。
玄関に出ると「ありゃ、大物だ。ほらあちこちに子分がいるし・・・」あちこちから呼ばれる。
この期に及んで、何ができるわけじゃない。現場の担当者に頭下げて、警察と安全管理室の指示に従うだけだ。
宴会場に行くと、現場の担当者が「静かにしているよ、子分もこないしね」と、耳打ちしてくれる。
意外とケロッとしている。「あっ」廊下の先を目にして、思わず声を出した。
安全管理室の先導で、麹町警察の方がお見えになる。空いている会場に入り、質問される。
「どういういきさつで予約入ってきたの?」ありのままを話す。
「会って、おかしいと思わなかった?」「様子が一般の方とは違うとは思いましたが、
上のご紹介もいただいていましたし、名刺も問題ないと思ったので・・・」
顧客担当課長に確認に行ったようだ。
「知らないそうです。」(そうだろうな)
「・・・」
「宴会はいかがいたしますか」
「正式に申し込んでいるものだから、やってもらおう。
ただ・・・途中でくぎを刺しておきたいんで、担当の人を呼んでください」
「わかりました」
さすがに声をかけて、外に警察の人がいることに気が付いたときは、ムカッとしたようだった。
しかし、意外に紳士的だった。
警察側は一般の方、それにホテル側に迷惑をかけないようにと繰り返し、以下の注意事項を確認した。
終了したら、速やかに帰路につくこと
今後ホテルニューオータニを利用しないこと
他の組員も残らないように
今日の分の支払いは・・・と言ったとき、「用意してきたよ」とぶっきらぼうに返答される。
慌てて「明細書、お持ちします」と伝える。ホッとしていた。
この日支払っていただかないと、後々煩わしくなることも考えられる。
宴会、というか食事会は、はたから見たら何の変哲もない静かな食事会だった。
ただ普通の人の席じゃない、ということは誰でも気が付くものだった。

事務所に戻っても、あれこれ言われることはなかった。
「お疲れ様」というねぎらいの言葉がやたらと心に響く。

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