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第十章 前半 :人それぞれに価値観あり


第十章 前半 :人それぞれに価値観あり
特別連載企画
 
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る
btk
●気を遣うのは余計なこと?
これは私がフロント時代の話、まだ20世紀1995年だったかな。
当時、フロントの業務もろくに知らないで、日勤の責任者をやっていた。
秋の気配が感じられる時期。
タワーフロントの責任者から連絡が入る「すみません、苦情になっちゃいまして・・・」
タワーフロントに寄る。「どうした?」責任者に尋ねる。
内容は――

お客様は車いす利用者。ただし生まれつきではなく、交通事故に遭い車いす生活を余儀なくされた。
本人は仕事もしっかりこなし、自ら車も運転する。
だから必要以上に気を使われることをあまり好まない。

タワーフロントの責任者はクラブの会員でもあるこのお客様に、さしたる深い意図もなくこう申し上げた。
「本日はお広めのお部屋をご用意いたしましたが、いかがいたしましょうか?」
お部屋はハンディキャップのお客様が利用しやすいように、手すり等を設えたお部屋。
お試しになってはどうかと提案したのだった。
決して強要したものではなかったが、お客様はキレた。
ふたりで説明方々お詫びした。「もういい」「わかった」と言いつつ、納得した様子ではなかった。
窓の外に目をやりながら「この部屋から見える景色が好きなんだ」と、言った。
夕暮れ時の新宿高層ビル街、手前に広がる迎賓館。
お客様にとって、広く、便利ないかなる部屋よりもこの角度の部屋が安らぎを感じるのだろう。

後日、そのお客様から「会員を辞する」という連絡があった。
スタッフからその話を聞くと、すぐにお客様に電話をした。
電話があるのを予期していたのか、お客様は淡々とご自身の意思を、そしてそれが変わらぬことを語っていた。

お客様が住んでいるところは新興住宅街、同じような一戸建ての家が建て並ぶところにある。
しかも暗闇の中、表札も住所の表示も見えない。
ここで迷子かよ、と改めてお客様に電話をする。
これだからお会いした時は・・・互いに笑った。

「身体がこうなったからといって、あれこれ気を使ってほしくないんだ」
「・・・」
「人の力を借りることなく、自分のことは自分で・・・」
(それに対して、ホテルの設備は障害者への対応ができていない。
化粧室、エレベーター、いや、レストランも客室も障害者には不便だ)

「この人もこんな身体になる前は、こんなに口うるさくはなかったんですけど」
「うるさい、おまえは黙っていなさい」
さすがに身体のことに触れられると、心中は穏やかならざるものがあるのだろう

「わざわざお越しいただいているんだし・・・会員辞めるなんて、取り消しになったら?」
「いや、これはオレの気持ちの問題なんだ。許す、許さない、ってことじゃないんだ」
「わかります。私も・・・けっして会員をお辞めになることを引き止めにうかがったわけではないんです」
「・・・」
「私共の対応でかけているもの、どのようにしたらご満足いただけるものか?それを伺いたく、本日伺ったしだいです」
「・・・」
「お辞めになりたい気持ちが強いようでしたら・・・それは致し方ないことと存じます。
ただ、ただ、もし・・・新宿の高層ビル街をご覧になりたくなったら、ご連絡いただけませんか?」

「・・・うまいこと、うまいこと言う」
それだけ言い、その場を辞した。あたりはすっかり夜のとばりが深くなっていた。
後日、そのお客様から予約センターに電話があった。会員を脱会することは取りやめたという。
時を隔てず、私は異動することになる。
そのお客様とお目にかかることもないが、あの時、苦情となったタワーフロントの責任者が窓口になった。
我々がよかれと思って行うことが、必ずしもお客様の満足を得られるものでもない。
「こうしてあげた」「喜んでくれるはず」というサービスを誇示することはけっしてサービスではない。
ハンディをもつ方への対応はユニバーサルデザインとして、認識されるものとなった。
そしてニューオータニでもその後取組みが進んでいった。



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