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第十章 後半 :人それぞれに価値観あり


第十章 後半 :人それぞれに価値観あり

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
 
●金は自宅で払う。だから取りに来い
秋の陽気が気持ちいい時期になっていた。
眠そうな顔をして出勤すると、夜勤明けのアシスタントマネージャーが待ってましたとばかり引継ぎに来る。
「じゃー支払わないで帰っちゃったんだ」
「そうなんです。納得できないって・・・」
「それと支払うのと別だと思うけどな・・・」
内容はこうだ。
ガーデンレストトランで食事を摂った高齢の男女。(どうやら籍は入れていないらしい)
食事あとで気持ちよくなったのか、駐車場のベンチで膝枕してもらい休んでいた。
そこに館内巡回中の警備のスタッフが通りかかる。
こんなところまでよく巡回しているなと感心するが、警備会社の強面のスタッフだから言葉を知らない。
作務衣のような服を着ているこの男性を不審者のように扱った。

「なんだ」ということになる。自分はこのホテルに宿泊している。ルームキーだってある。
少し飲みすぎて、酔い覚ましにベンチを利用しちゃいけないのか?
そんな問答もあり、アシスタントマネージャーの席にやってくる。
お客様の申し出に警備のスタッフもアシスタントマネージャーもその対応を詫びるばかりだったが、
お客様は納得しない。酔った勢いもあったろう。理解してくれないというもどかしさもあったろう。

怒りの矛先はいつしか、人の話を真摯に聞かないアシスタントマネージャーに移っていた。
「なんでオレが怒っているか、解るか?言ってみろ」
「・・・」
その晩、お客様は高ぶってなかなか眠りにつけなかったようだ。
翌朝「納得できないから、今日は払っていかない。
私の家に来た時に支払うから、いつでもいいから連絡をくれ。交通費も含めて支払うから」と、
言い残してチェックアウトしていった。
アシスタントマネージャー席にはルームキーと連絡先を残して・・・
「お願いしてよろしいですか?」
「よろしいも何も、そのつもりだろ、で、お連れの方は?」
「何も言わないで、ただ聞いているだけなんです」
「名古屋で商売しているんだ。結構年齢違うようだけど」

男性がどのような人物で何をやっているのか見当がつかない。少なからず不安もある。
対応が悪かったのだから、今回の宿泊代は考えろということか?
そんな私の気持ちを察したかのようにもう一人の夜勤明けマネージャーが
「大丈夫ですよ、私もお会いしましたけど、普通に払いますよ。
なんて言うんだろう、作務衣着て・・・陶芸か何かやっているんじゃないですかね。
引くに引けなくなったって感じですよ。」
いつもクールでブレがない先輩社員。人呼んで「Mr アシマネ」冷静だ。
名古屋にある営業所の所長とともに行くことにする。
お客様に電話を入れたら、「いやー、悪いね、わざわざ来てもらうなんて」と、
本当に苦情申し立てをしたお客様なのか、なぜ家まで来いということなのか?

「名古屋駅の新幹線の改札口に運転手を行かせますので、その車に・・・」
お詫びに行くのに、車でお迎え?なんか変だなと思いつつ、営業所所長と会う。
やはり不安に思うらしく

「ヤクザとか変なお客さんじゃないでしょうね」
「う~ん、自分もそんな気もしたけど、ヤクザならこんな因縁付けないでしょ」
名古屋から車で1時間近くかかったろうか?山の中で犬と戯れて生活していた。
途中白い桜が咲いていた。「春と秋、二度花を咲かせるんですよ」そう運転手は話していた。
どうも高山方面に進んでいるようだったが、くわしくはわからない。
到着すると「いやーわざわざ」と言い、大きく深呼吸する。

「水がいいんでね、それで住むことに決めました」本人は胃癌を患い、切除。
だからおいしいものを食べて胃を満たすことはできない。
あの晩、久しぶりに食欲もあり、飲んで、食べた。だけど、その分胃を休めなければならなかった。
「酒なんかのまなきゃいいのにね。でも飲むと、横になることにしているんだ」
「・・・」
「そうしないと、胃がやられる。あの晩は気持ちいい夜だったんだ」
そう、あの晩、私たちは夢見心地の気分を壊してしまったのだ。
これがホテルのルールですと印籠を見せるようにして。
ホテルに泊まるにふさわしい服装があるだろう、休むならベンチではないところで・・・それが一般的です。
では一般的とは何だろう。
交通費は結構です。と言ったが、今回は「私の意に沿って、無理に来てもらった」と
「ただし、一番安い運賃で計算したけど・・・」という金額をいただいた。
さて、私たちは会社の規定に沿い、今までの慣例に沿って物事を判断し、対応する。
多くの場合それで間違いはないだろう。だが、時としてそれは相手の意向を考えない一方向のものであったりもする。

お客様のこだわりを考えているか?

お客様の希望を考えているか?

お客様の秘めた思いは考えてみたか?

お客様の触れてほしくないものは何か?
お客様の・・・お客様の・・・
そう考えると、単純にこうしたら喜んでもらえる、こうしたら納得してもらえる。
と、思うこと自体がおこがましい。
こうしたら喜ぶではなく、したことで喜んでもらったということに過ぎない。

帰りも名古屋まで送ってもらう。
「営業に行きたくても、これだけ遠くて道もわからないと・・・」所長がぼやいた。
私は「虎屋」のういろうを買ったが、賞味期限が短いので、家で食べた。

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