第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る


第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

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特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


悲惨な時代に営業へ
通勤時間、東横線で多摩川を渡っていた。
前日の雨で水かさは増し、川は土の色に変わっている。
もしこの車両が脱線して、この川に落ちたら・・・などというとんでもない思いが脳裏をかすめる。
40歳になる前年3月に、料飲営業部に異動となった。自分自身が営業に向かないことは認識していた。
厚かましく御用聞きに行くことができない。
用事もないのに足を運ぶのは迷惑じゃないか、などどうもええかっこしいで、体裁ばかり気にする性癖がある。
異動して2か月にも満たない5月、課長が変わった。
以前より、人に怒声を浴びせ、手を挙げることも多く、スタッフが何人も辞めていると耳にしていた。
私も以前より知っていたが、なるべく接点はもちたくないと思っていた。
私のテリトリーは外務省、経済団体、銀行他。
ちょうど山一證券が破たんし、銀行も次々に統合していく時代だった。
ホテルで就任披露や顧客招待など目立つ催事は控え、何事も目立たぬように、そう自粛だった。
当然、売り上げは全く伸びなかったが、
営業マン時代に私のテリトリーを担当していた課長にとって、歯がゆかったのだろう。
異動してきて、1か月もすると、きつく言われるようになっていた。
「参ったな、また言われちゃったよ」当時私もこんな調子で、周囲にもおどけていた。
しかし、これが毎日、1日朝昼晩と3回続くとおかしくなる。
これが人前ではなく、個室で言われていればまだいい。40名以上スタッフがいる事務所で、
「おい、この間話した●●は行ったのか?」
「いえ、まだ行ってません」
「早く行けと言っただろう。なにやってんだ」
「すみません」
「君は上司のいうことを無視してんのか?」
こんな調子でエスカレートする。その結果「ばか」「最低だ」「お前の評価はEだ」
と感情を露わにし、罵倒される。これはボディブローのように効く。
「お前、あいつを心臓麻痺で殺そうとしてんだろ・・・」
「あの人、怒りながら、自分を鼓舞して興奮してんですよ、気にしない方がいいですよ」
普段の自分の様子から、周囲の人間はこんなふうに声をかけてきた。
冗談交じりで言ってくれるのは、私が大丈夫と思っているからなのだろう。
だが返す言葉が出てこない。
何しろ話をすることが難儀だ、人と話している姿を上司に見られたら、と落ち着かない。
だから、何人かで話をしていても、会話に参加することができなかった。
人の言葉に頷くことはできる。反復することはできる。
しかし、話の内容が耳に入ってきても、思考回路には回ってこないのだ。
私自身の意識もその上司だけに向かっていた。つまり配慮する、気を使うのはこの人だけ。
お客様より、誰よりもこの人にだけ注意すればいい、それが自分を守ることだという意識になっていた。
当然、帰るのはこの上司のあと、何もないからと帰ってしまうと、翌日何を言われるかわからない。
営業日報も書き、立ち会う物件もなく、連絡するところもない。
それでも帰れない。周囲のスタッフが帰宅の途につく。
「お先に、椿・・・まだ帰れないの?」
「もう少しだけ・・・」

 こんなことがあった。出張宴会で夜、立ち合いのためその会場に行った。
終了したのが21時だったので、そのまま帰宅した。
翌日、営業日報を提出すると、
「▲▲はどうなってる?」
「どうなってるって・・・見積出して、返答待ちです」
「報告が遅いんだ、どうなっているか逐一報告しろ」
「すみません」
「だいたいお前は何も説明しようとしないだろう。仕事に向かう姿勢は最低だ。〇〇より落ちる。」

〇〇とは同じ営業スタッフだ。ここで引き合いに出されるのもかわいそうだが、
要は「お前は誰よりも劣る」ということを認識させたかったんだろう。
こうなると、何をしていいのかわからない。前々日、前日、今日とそれぞれ注意されることが別だ。
やること、なすことすべては注意される、いや怒られる対象だ。

11月、部長から呼ばれる。迎賓館に国公賓が来る。
宿泊部のスタッフが足りないので、夜間のヘルプをお願いする。とのことだ。
具体的には電話の対応。
「わかりました。課長には?」
「話してある。」

この部長は、宿泊部長に在職の折、サミット開催、
その時宴会予約に在籍していた私を宿泊担当として事務局に迎え入れ、
また営業部長になられた折も、私を営業部に呼んでくれた方だ。
だから「椿のことがお気に入り」「いつも椿がそばにいる」とささやかれていた。
当然部長の依頼もまた断ることができない。
直属の上司、課長からの指示はなかった。
当日朝「本日、迎賓館ヘルプと伺っていますので、4時を回りましたら事務所を離れます」
「ああ、よろしくね」営業の業務を一通り終えてから、別の仕事に就くのだから体力的にはきつかった。
しかし、この事務所から離れることができる。
あの課長のことを気にしないで済む。それだけで気持ちは楽だった。
今日は迎賓館泊りだから、明日は早く帰れるかな、と思うと珍しく足取りも軽かった。
迎賓館のスタッフに気を使っていただき、少し仮眠時間も長くいただいた。
9時からの営業の業務に間に合うよう8時には戻っていた。
「椿君」
「はい」(今日は早く帰れってことかな)
「○○は行ってきたのか」
「いえ、まだ行ってません」
「行ってくれって言っただろ、どうしていかないんだ?」
「・・・(それよりかけていただく言葉はないのか)」
朝からさんざん言われ、いつも通りの業務が始まった。
私が夜間迎賓館で勤務したことは、部長が決めたこと。
自分にとっては知らぬ存ぜぬことだ、椿には通常通りの営業の業務に就いてもらう。
そういうことなんだろうな。今日も夜までの勤務になることを認識した。そう思うと「疲れた」

このころ長女はまだ幼稚園に通っていた。
クリスマスが楽しく、どれほど心待ちにしているものだったか。
そして、我々親はそんな子供の姿が何よりの安らぎであり、
息抜きになるものであり、がんばろうという活力となるのだ。

この年、クリスマス直前の土曜日、義理の父から鉄鋼連盟会員向けの「クリスマスパーティー券」をいただいた。
私はこの日も銀行の忘年会に立ち会ってから、その会場に行った。
娘はそれほどはしゃいではいなかった。
ぬいぐるみが姿を見せると、すぐにでも近づいていくのに、この日は少しかしこまっているようだ。
考えてみれば、ここしばらく娘の相手をしていない。
家のことをあまり考えることなく、時間を費やしてしまっていた。
手をつなぎながら、改めてしっかりしなきゃいけないと思っていた

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