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第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る


第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


●そして気がつくと
年が明けても、業務で変わることはなかった。
一つ一つの動きがルーズになり、大儀そうに業務に就いていた。
自分自身でも動きが、反応が悪いことを感じていた。
食事は時間が定まっていないとはいえ、三食摂っていた。
2月末だったか、部長から「話がある」と声をかけられた。
「調子はどうだ?」という質問から始まった。
あまりよくない旨返答し、営業は苦手であると伝える。
「異動する前に、営業はどうだって聞いたが、その時は大丈夫と言ってたが?」
やる前から合わないと普通言わない、と思いつつ、自分は物件をさばき、処理するのはいいが、
取ってくるということは苦手だと答える。

 「上司とは合うか?」
日々怒られていると答える。あれは指摘、注意の類じゃないですよね、とは言わなかった。
「各部署はその長が色付けして、特徴が出るものだ。
スタッフはそれにあわせなきゃいけない。合わせられないのなら、その人間が悪いんだ」

「わかりました」

会社、というより料飲営業部の意向は理解した。
特に感情が高ぶることも、そうかとスッキリすることもなかった。
そうだろうな、という認識はあった。このような環境の中で、我々は仕事をしてきた。
スタッフが何人も退職しても、聞き取りなどはするにしろ、基本的には上司の責任は問わない。
こんな話をしたので、正直4月に異動かなと思ったが、なかった。
東横線で会社に向かう。多摩川を渡るときに車両が外れないかと思うことが多くなった。
死ぬという意識はなかったが、消えるという意識がふくらむ。

表情がない、うれしそうだったり、辛そうだったり、そんな喜怒哀楽が表情に出なくなった。
食事は摂っている。しかし満腹感もなければ、空腹を感じることもあまりない。
業務はこなしている。前年、準備をしていなかったら怒鳴られた銀行向け「忘年会の案内」も5月に手配した。
心なしか怒鳴られる回数も減ってきたか?
ただゴールデンウィーク明けから2週間余りで体重は5キロ減っていた。
辞めたいとも異動したいとも、できませんという言葉すら口に出せない。
ただ面倒だから。体調が悪いという自覚はない。

6月課長に呼ばれる。異動の内示だった。

「君は宴会予約のような手配するのは合うけど、
営業のようながむしゃらになってうちでやりませんかってゆうのは駄目だな。」

「・・・はい」

「宴会予約に異動だ、がんばれよ」

「はい」

7月に宴会予約に異動。営業に在籍していたのは1年4か月という期間だった。
その後、多くの人から当時のことを伺った。

人事課に訴えたスタッフがいた。「あのままじゃ椿は駄目になる」と、
人事課長に直訴したのが、当時外務省担当で、儀典官室、各国地域を担当していた先輩。

以前からよく組んでいた。
「あんなに明るかった椿が全く話をしなかったもんな・・・」おそらく、部長が私と面談したのは、
この申し出を受けた人事課長の要請と思われる。
他にも状況を人事スタッフの耳に入れてくれていたスタッフがいたとのこと。
異動先の宴会予約課の課長、筆頭係長は以前在籍していた時からのつながりもあり、
口々に「俺が引っ張ったんだ」と歓迎の意を口にしてくれた。
引っ張って異動するのと、どこか引き取る手を探すのとでは違う。
たしかに、当時の私の評価は最低だったようで、
こんな人間を宴会予約のような部署に異動させていいのかと、上から言われていたようだ。

さてこの時の上司であるが、料飲営業部長までなり、無事定年まで東京に在籍する。
一度飲み会で部下に暴力をふるい、注意されるが、降格等はなかった。
以上のことを踏まえ、部下を持つ立場になった時の自分の思う注意項目を綴る。

自分は常に大丈夫と思うな

どこかに誰か話ができる人間がいること

自分がやらなきゃいけない、と責任感を強くもたないこと

自分の変化に気を付けること・・・口数が少ない、動きが大儀になるなど

変な空想、思いにとらわれるようになったら、医療機関にも

自分はオールマイティじゃないことを自覚すること、あれこれやろうと思うな

一たび歯車が合わなくなると、修復がきかなくなることがある
そんなことを踏まえて考えてみると、この時のことは確かに私に責任があった。
営業という職務にもかかわらず、業務の遂行ができず、部署の意向を十分に理解しなかったことだ。
このスタート地点を誤ると、とんでもない方向に進んでしまう。
詳しくは次章「パワハラについて」で。

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