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第十三章 後半 :安全という商品


第十三章 後半 :安全という商品
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
●火災編
日本で初めて世界陸上競技大会開催されたのは1991年8月のことである。
メイン会場国立競技場。その近さゆえかどうかわからないが、
IOC会長など主だったメンバーはホテルニューオータニに宿泊した。ただし、選手は別ホテル。
9月1日に閉会式が行われ、その後当ホテルで、「フェアウェルパーティー」が行われた。
何しろ終了時間が翌日になる遅い時間の宴会である。
満室ではないとはいえ、駐車場は多くの車が収まっている。
そこに当時の総理大臣海部首相はじめ、政財界の重鎮が来るわけで、駐車場はかなりの混雑が予想される。
よって、社有車、テナント車両は庭園内・ガーデンバーベキュー近くに移動し、対応に努めた。
海部首相の挨拶が終了したのが日付も変わった頃。
同僚と「ようやく終わった」とばかり、顔を見合わせた。
会場のスタッフに挨拶をして、ハウスユースでとっている部屋に入る。
せめて乾杯ぐらいと同僚とグラスを傾けた。やはりこんなときはうまい。
と、しばらくすると、メインの駐車場に消防車が入ってきた。「なんだろう?」さほど時を隔てずさらに1台。
「やばいな」気づかぬふりをして寝ようかと思ったが、どうせこれじゃ眠れないと、防災センターに行く。
「火災」「場所は庭園」庭が燃えてんのか?野焼きでもやってんのか・・・
現場はすさまじいことになっていた。車両を移動したため消防車両が火点に近づけない。
火柱が上がる。「どこが燃えてんだ?」「もみじ、もうだめだ」
いつも冗談ばかり言っているドアマンのTの目が彷徨っている。
幸いというべきかこの時間に宴会があったので、ドア、ベルにスタッフがいて、車の移動を順次行っている。
「水は?」「中に近づけないから、この噴水から引いている」
同僚と館内に戻る。お客様が不安になって、ロビーにいるかと思ったが、さほど影響はなかった。
宴会場のフロアーに行く。「あれっ」マネジメントサービスのS部長がいた。
おそらくホテルマンとして当社では随一の方だろう。
「大喪の礼」など全社体制の事務局長、営業戦略の説明、判断にブレがない。
ただし、みんな飲みに行きたがらない。
「だって、飲んだら気合が入って、シコなんか踏むんだぜ。」そりゃ勘弁だ
「マスコミ対応ですか?」
「う~ん、そろそろ来るんじゃないかな」
「何名ぐらい?」
「30席あれば、いいかな」
外は収まっていた。幸い、もみじという店舗はすっかり焼けてしまったが、延焼せず。
宿泊されているお客様にも影響はなかった。原因、火の不始末。これはマスコミの恰好の餌食だ。
「世界陸上終了して、レストランに点灯・・・シャレにならないな」
もう一度火災現場の方に足を向け、静かになっているのを見て部屋に向かう。
「あとはいいんですかね?」
「いいでしょう、疲れているし、いても役に立たないし・・・ラ・フランスってとこかな」
「・・・」(洋梨)
翌日、新聞、テレビなどマスコミが大きく扱うことはなかった。
こんなとき、マスコミへの対応が遅れ、犯人捜し、
原因の追究など社内の調整に追われていると、大きく取り上げられ、
コメンテーターが「首相がお帰りになって気が緩んだのでしょうかね」とか
「木の多い処で一歩間違えれば大惨事になりかねない」と、言われかねない。マスコミは敏感だ。
この企業は起こるべくして事故がおきた。スタッフの動き、表情からすぐに察知する。
それにしても、あの短い時間でS部長はよく概要を理解し、口にすることができるものだ。
さて、このような災害はいつ発生するかわからない。
人為的なものではなく、たとえば電気の漏電などによっても、事故の可能性はある。
日頃から注意を怠らないことはもちろん、消防署、警察署と連絡は密にしなければならない。
展示会やディナーショーのような通常とは異なる宴会場の利用時、
すなわち不特定多数の方が来館される、会場内で会計処理が行われる(会計の端末が入る)、
スモークをたいたり、大きなジョーゼットを使用する、などのことが予想される場合、
非常口の表示、通路の確保など確認の上、会場図面、開催届けなどを消防署に提出する。
多くの車両が予想され、ホテルの駐車場ばかりでなく、周囲の道路に渋滞の影響を及ぼすことがある。
しかも、ホテルニューオータニは紀尾井町、麹町は千代田区、赤坂は港区、
四谷は新宿区と三区に囲まれた地域である。
警察が他の地域をカバーすることはない。つまり、ホテルはこのようなとき、
3地区の警察署に開催届けを提出しなければならない。
関係ない話だが、いくつか警備対象の要人が来る物件を担当すると、
所轄の刑事と顔見知りになることがある。いつも顔を合わせているうちに仲良くなり、
いろいろな話をするようにもなった。ロシアのゴルヴァチョフ大統領が来日した時である。
その刑事はいつも直前になると、私に最終確認をしてくる。対象車の駐車位置、会場までの動線。
「いやー助かるな、注意するのは自分のテリトリーの1メートルだけ・・・
そこを通り過ぎたら、もう関係ないもんね。上見てるよ」もちろん冗談だろうが、実情でもあったろう。
この刑事はなんでも私に聞きゃいいと思っていたのか、
名前を憶えているホテルスタッフが私だけだったのか、よく誘導中にも声をかけられた。
この時も大統領が宴会場に入る際、柱の右を通すか左を通すか、
当日の状況でロシア、日本のSP,、ホテルのグリーターで直前に決まったのだが、
よりによって移動中に私に聞いてきた。「どっち?」ロシアのSP厳しい顔、私、親指でサイン。
この刑事と2,3度飲みに行ったことがある。
体もでかいから飲みっぷりもいいし、声もでかい。ついでに態度もでかい。
「こんなふうにはしゃいで、警察の人に呼び留められたりしてね・・・
ああ、ここの所轄は麹町じゃないんだ、四谷警察ですね」
「自分のとこじゃ飲まないよ」
消防署、警察の方と仲良くするのは必要だが、ここまでする必要はない。

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