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あとがき


文章を綴り終えて
山深い駅舎に降り立つと、一面の銀世界が広がっている。
線路沿いの道路にはどこまでも二筋の轍がうっすらと残り、その跡を消すように、雪がしんしんと舞い落ちている。
行き交う人もまばらな白い道は、私が歩いた証しを表すかのように新しい跡が続いている。
かつては、虚空蔵を参拝するため、多くの観光客が訪れたこの山に囲まれた奥会津の門前町。
只見川の流れに沿うように、旅館が立ち並んでいる。
温泉がわき、雪も降る、しかも標高が高いからさらさらとした雪だ。
旅館街の向いの山にはゲレンデもあった。
しかし、こんな山奥に来なくても、新潟にも福島にもいいスキー場はある。
スキー人口の減少とともにスキー場は閉鎖となった。
観光産業を生業としていれば、一時的なことであっても、訪れる人が多くなれば、観光施設をひろげていく。
だが、事業を広げれば伸びるところもあれば、そうでないところもある。
都会のホテルに目を向けてみる。海外からの観光客が増え、客室数が足りなくなるといううれしい悲鳴も耳にする。
ただホテルの売り上げの3大部門のうち宴会部門は伸びてこない。
元々海外ではバンケット会場の印象というのは希薄で、ファンクションルームという印象が強い。
披露宴にしても、日本のように宴会場という空間で厳かな雰囲気で執り行われるものではなく、
ガーデンなどのオープンスペースで行われるのが一般的だ。
政治家の励ます会、企業の顧客招待といった類もあまりないのだろう。
食事をとるのはあくまでレストランという考えだ。
だから宴会場の料金があまりに高額であることに「信じられない」という言葉を発する。
日本のホテルも宿泊特化型が中心になってきている。
次々にチェーン店をオープンするアパホテルのようなビジネスホテルはもちろん、
外資系のホテルもさほど宴会場にスペース、予算を割かないというのが一般的だ。
以前、披露宴というものは、第一子の披露宴が恙なく終了すれば、
下の子の披露宴もここで、なんて傾向があったが、最近は違う。
「いい披露宴だった」と親族、友達の披露宴に印象をもっても、自分自身はここでやろうとは思わない。
「気に入らない」からではない。
気に入っても自分は「同じところではなく別のところ」を選択するのだ。
これは披露宴に限らず、食事するところであったり、宿泊するところであったりもする。
こうなると収益を確実に挙げられる事業に業務を集約していくのは当然だ。
しかしながら、今日まで日本のホテルは、そして旅館もそうだろう、あらゆるお客様に対応するように営んできた。
こうした傾向にサービスを提供するスタッフはどうするか。
国公賓の出席する会議にも対応する。親族中心の会食にも対応する。
不特定多数のお客様が来館する展示会にも対応する。
それが、日本のホテルの、グランドホテルという冠を抱くホテルのプライドだった。
幅広い職務に携わるように、お客様の嗜好も多岐にわたる。
今回いくつかの文章で記したように、私はこれがホスピタリティーと論ずる術を知らない。
それぞれのお客様に合わせてサービスを模索することが大切なことだと思っている。
「どうしてホテルではコーヒーにこれだけの料金をとるのだろう?」ということを考える。
だから ホスピタリティーを語るのは難しく、深いものだ。
その中で先人たちは日本らしいホテルを作り上げてきた。
新しい企画を生み、あらゆるお客様のニーズに応えてきた。
ホスピタリティーとは、自分で模索するものかもしれない。
まるで山深いこの里で、降り積もった雪で隠れそうな轍。
その上に自分の足跡を新たに刻むようなものだ。
振り返りながら、ふと思った。

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