Category カテゴリー

「言葉の階(きざはし)」


ご好評の椿氏の第一回ブログ連載特集「~クレーム対応のベテラン、椿氏が語る~」に続き、
早速第二回の連載特集が決定いたしました。

椿氏による特別連載企画 「言葉の階(きざはし)」
椿氏が経験から語る、クレーム対応、ホスピタリティ、コミュニケーションに関して
数々の記事を通してお伝え致します。
記念すべき第一回目は
第一章:ホスピタリティーは人の数だけ存在する 
calligraphy-2658504_960_720

●メールの問い合わせは怖い
アシスタントマネージャー時代、朝出勤すると、必ずメールをチェックしていた。
「お世話になりました」「ありがとう」ならいいが、そんなものはほとんどなく、
多くは施設、備品に対する不満、対応への指摘。
中にはホテルで食べたもので体調を崩した、備品で怪我をしたと訴えてくる。
こうなると、この先どういうふうに対応するかと、気が気じゃない。
今日のようにSNSが盛んな世の中になると「あのホテル駄目」という風評が広がりそうで、どうにも駄目だ。
何しろ私は、1件のしつこいメールで、落ち着かなかったり、気持ちがふさいでしまうのだから。
届いたメールは救いを求めるような内容だった。
ホテルの宅配便カウンターでギターを海外のミュージシャンに送る手続きをした。
自分で造作を施し、そのミュージシャンのためにと進呈したものだった。ところが、受け取る本人がいることは稀だ。
同居している人間だっていきなりギターが日本から届いてもなんだかわからない。
そうこうしているうちにそのギターがどこかで転売されているという情報が本人の元に入った。
本人はホテルの宅配便業者に調査を依頼。状況によっては弁償を求めるという強硬な姿勢に出る。
宅配便業者は現地に届けた運送業者に確認。現地では受け取り拒否に遭ったりして難儀したようだ。
結局代理の方に届けたようで、受け取り側に問題がある、と結論付ける。結局当事者間では話が進まず。
弁護士を通して本人に返答した。この結論に本人の気持ちは燻っているものがあったろう。
メールには、宅配便業者の調査は不十分であり、嘘が多い。
そんな業者を入れているホテルが何とかしろ、という内容だ。
「それにしてもずいぶん前の一件をぶり返すものだな」宅配便業者も驚いていた。
事の次第は確認したが、ホテルとしてできることはない。
館内に入っているテナントに対して契約上、運営、営業面に関してはとやかく言える立場ではない。
対応に不満があるのなら消費者センターかしかるべき機関に調査を依頼すべきだろう。そうメールした。
その段階でターゲットは私に変わった。同時に表現も変わった。。。。

繰り返し、繰り返し何とかしろ。とメールが来る。
お気持ちは察するが、これはお客様と宅配便業者との問題であり、
ホテルはお伝えすることはできるが、指示はできない。そんなやりとりが続く。
埒が明かないと知ると、今度は脅しだ。
相手が見えない、言葉が聞こえない、ただ表情のない言葉の羅列が並ぶだけだ。
U課長に「無気味ですよ。今朝届いたメール、ほら」
「椿、そっちがそういう対応するのなら、こっちにも覚悟がある。何があってもいいんだな」
「いやな文章ですね。椿さん、あんまりひどけりゃ警察に相談とか・・・でも、無視することですね」

「無視か・・・」返信をやめた。
それでもメールはきた。ギターを何とかしてではなく、私個人への中傷だ。
「無視するってことか。それならそれでこちらも・・・」
「おい、椿さんよ、生きてんの?」「何とか言えよ」
すべて無視した。一切返信をせず、半月あまり過ぎたろうか。このお客様からのメールも来なくなった。
しかし、あの嫌な気持ちはなかなか拭えなかった。

そんなこともあって2005年2月19日にレストラン事務所に届いた次のような内容のメールは一読したその時から落ち込んだ。
 
ホテル内で骨折
12月17日ホテルのレストランを予約し、利用。本人は車椅子利用者であるが、自身で車を運転する。
この日も事前に連絡し、入口近くに駐車できるようお願いしていた。
しかし、当日案内されたのは地下の駐車場だった。地下はスタッフも少なく薄暗い。
さらに段差などもあって、危険だ。案の定、帰り、段差に気づかず転倒。
左大腿骨を骨折し、翌日から入院する。入院は1月末まで、この間会社も欠勤。
入院、症状に関する診断書も用意しているとのこと。(いやなパターンだ)

車椅子を利用している方にとって、駐車場でどこが一番安全であるか?ということを認識している。
玄関近くの駐車スペース、スタッフもいるし、動線も楽だ。そのことを事前に連絡をいれ、
了承されたにも関わらず・・・案内してもらえなかった。
文面では、他のホテルでは事情を説明し、入口付近に駐車させていただいている。
車椅子利用者に対して、もう少しご配慮いただければと思い、連絡いたしました。と結んでいる。
さて、どうするか?そもそも駐車場でこんなことが起きたという報告はあったのか?
アシスタントマネージャーの引継ぎはない。
この通りであるとすれば、施設、スタッフの対応においてもホテルは然るべき対処をしなければならない。
治療費の全額負担はもとより、1ヵ月以上休んだ休業補償を考えねばならないか、悪いことばかりが頭に浮かぶ。
悪い内容というのはメールの文字も沈みがちだ、とか余計なことを考える。
料飲部の責任者、当日利用したレストランの支配人、ドアマンの責任者と対応策を講じる。
「お客様が何を望んでいるのか読めないけれど、まずは連絡をしてお身体の具合を確認することだね。」
「・・・」
「最終的に、ホテルの意向を説明して、お見舞に私が伺うことになると思うけど、誰かお客様に連絡してもらえるかな?」
「・・・じゃ、自分が」レストランの支配人だった。
あまり評判はよくない。一生懸命さが見られない。きびきびした動きがない。そうかもしれない。
でも自分を飾らず、どんな仕事も厭わず、きちんとこなす。
「丁寧に、お見舞の意を伝えるだけでいいからね。」
その日のうちに連絡を取り、報告に来た。「どうだった?」
「ええ・・・」で始まった彼の話はこうだ。医療費に関する話は出なかった。
労災はおりないと、会社から言われた。(それはそうだろう)
身障者に対するスタッフの配慮、そして施設がしっかりしていれば、また利用したいと思う。
「どう思った?」「・・・」
「ホテルに何か求めていないのかな?」
「ええ、やはり何らかの補償が必要だと・・・」
「そうだよな」
「でも、お見舞に伺いたいって言ったら・・・それはご辞退申し上げますって」
「そうか・・・ありがとう。」
2月27日、そのレストラン支配人と私はタワー玄関で待機していた。
被害に遭われたお客様からランチの予約をいただき、そのお迎えをするためだった。
あの日、報告を受けた後、改めて私の方から連絡をした。
今回の事故に関して、私たちはその被害に対して、いかに補償するかを確認するためだった。
よって、施設、人為の両面における当方の非を伝え、
今後は玄関周辺に駐車できるよう徹底すること
ご利用いただく施設に合わせ、より便利な動線を事前にご案内すること
そして治療費についてはホテル側が全額持ちたい旨お話した。
その返答は・・・意外なものだった。
「いえ、私はこうした事実があったということをわかってほしかっただけです。
・・・二度とこうしたことが起きないように、予約の取り方を考えてほしいし、
施設面も、私のような人間が、今後利用することを踏まえて検討してほしいと・・・」
(それでも、何らかの手当をしなきゃと思っていた)
「これからもまた利用したいと思いますので・・・」
(ここで、なんらかの提示をしなければ・・・)
「体の方もよくなってきましたし、またお伺いしたいと思っています。決まりましたら、また〇〇支配人に連絡します」
そんなわけで、治療費のことを申し出ても、応じる気配は全くなかった。
そしてこの日に予約をいただいた。お友達の方とお二人で利用。
いつもはメインの玄関を利用しているようだが、
距離的にはタワーの方がずっと近い、ただしエレベーターを利用する。
ご到着になったお客様を案内するとき、そんな話をする。
「建物が大きいと、わかりにくい、遠いと不便なことも多いのですが、
それぞれに玄関もあって、意外とすいていることもあるんですよ」
「そうですね。どうしてもいつも利用するところばかり行ってしまうけど・・・
私なんか、あまり人が多くないところの方がいいかも・・・」
この日の食事については、もちろんホテル側の接待処理とする。
「すっかりお世話になってしまって・・・」
「この程度じゃお詫びにもなりません」
「いえ、本当にありがとうございます。また、利用します」
そう言って、お客様はホテルを後にした。本当に食事を楽しむだけで、何ら要求してこなかった。
後日、手紙を送付する。利用していただいたことのお礼。
それに今後の参考にしたいのでと、宿泊券を添えて。
ほどなくお客様から返信が届く。ごちそうになったことへのお礼。
宿泊については、もう少し暖かくなったら利用させていただくと綴られていた。
返事がきたことをレストランの支配人に伝える。彼も気になっていたのだろう。ボソッと
自分、どのように対応したらいいのかわからなかったんです。
相手は私なんかよりずっと頭いいし。
そんな人にあれこれいろんな申し出をするのがいいのかって・・・かえって失礼かと思って。
そういう気持ち、わかる気がする。
あれこれ言葉を連ねて説明するより、お客様に言われたことをきちんとこなす。
余計な負担を感じさせないこと。配慮していると思わせないこと。それもホスピタリティーだろう。
お客様からいただいたお手紙はこのような内容だった。
中途で突然障害を負った立場から申し上げると、なるべく周囲の健常者と同じく、
自然な形で日常生活を楽しみたいという思いがあります。
身体のハンディキャップは心理へのハンディキャップへと連鎖し、手助けをお願いしたい場面と、
過剰な配慮はご遠慮したいという狭間に立たされることが多い。というのが現実です。
ホスピタリティーは互いに理解するということが第一歩なのではないでしょうか?
特別連載企画 第一回の第一章で書いたようにホテルのコーヒー代は決して安いものではない。
いい豆を使っていても300円どころか200円だって払いたくないと思うこともあるだろう。
逆に気分がよければ、居心地がよければ、1000円でも2000円でも厭わないかもしれない。
ホテルで飲むコーヒーは口で味わうだけでなく、心でも味わうものだ。
我々は目に見えない、舌でも捉えることのできない心の「おいしさ」を希求することがある。
これを読むとホスピタリティーとはどういうものか改めて考える。
当たり前の用語であるこの言葉が不思議な重さを伴ってくる。
これを原点とするならば、人間関係の根本において障害は関係ない。ということかもしれません。
そう、ホスピタリティーとはこういうものだと提供する側が定義するものではないと思ってしまう。
これがサービスです、と示すもので絶対と言えるものはない。
それを決めるのは一人ひとりのお客様だ。
今回、もし自分の経験を基準にして、お見舞に伺います、入院費はホテルで持ちますと、
最初に私が申し出をしていたら、どうだったろう?わからない。
もしかするとあのレストランの支配人のようにほどよい距離感をもった接遇が、
あのお客様には相応しかったのかもしれない。
ホスピタリティーとは、定義があるように見えて、なかなかつかめないものだ。
人それぞれに嗜好があり、求めるものがある。そんなことを感じた。



コメント / トラックバック2件

  1. 船山直子 より:

    はじめまして。友人の会社を検索していて、流されてこちらのサイトにたどり着きました。以前、私も以前、ホテル業務に従事しておりましたので、当時のホスピタリティの難しさやもどかしさを思い起こしてしまいました。基準や数値が当てにならないぶん、本人に委ねられるので責任も重大です。
    インターネットの普及は、以前に比べて確かに迅速で、正確で便利になりましたが、距離が近くなったぶん、温かさは伝わりにくくなったように感じます。ホテル業に限らず、今の時代に調和した新しい温かさを提供することが鍵なのかなと思いました。
    懐かしさとともに、人との繋がり方についてもいろいろと考えさせられるお話でした。どうもありがとうございます。

  2. 椿 益紀 より:

    船山 直子様

    この度はご丁寧なコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。実はこの文章は第一回のブログの総括的なものとして記したものでした。
    ホテルに勤務していた頃、また今でも「ホスピタリティーのあるべき姿は?」と尋ねられることがあります。この質問に対して、一番正直な返事は「わからない」ということです。
    私は、「タイトル」にもなっているように、人それぞれが自分の抱く「ホスピタリティー」「おもてなし」のイメージを抱いているように思っています。さらに言えばホスピタリティーに絶対的なものなどなく、お客様それぞれが喜んでいただけるように我々は邁進することがサービス業の原点と思っています。

    そんなわけでお客様から教わることの方が多かったような気がいたします。この文章で書いた方はスタッフに対するケアーがしっかり整っているメーカーに勤務されている方で、そのお言葉、お会いした時の凛とした姿勢・・・まさに学ぶことばかりでした。「ホスピタリティー」に関わることを描くとき、この方がおっしゃったことを文字に残したいと思っていました。

    これから第2期の「言葉の階」というタイトルで文章をいくつか綴らせていただきます。少しサービスという側面から離れ、日常の生活で気が付いた「言葉」「会話」などを自己満足のため書かせていただく予定です。
    引き続きよろしくお願いいたします。

コメントをどうぞ

Spam Protection by WP-SpamFree

▲ページの先頭へ戻る