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「言葉の階(きざはし)」第五章:『頑張って!』が気持ちをふさぐ


特別連載企画 第五回
~  頑張って!』が気持ちをふさぐ 

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受験のシーズンになった。この時期になると、受験生にはこんなことを配慮しよう、
といった内容に触れたものが報道番組やワイドショーでコメントされる。
たしかに自分が受験生だったとき、励ましの言葉、奮い立たせる言葉をかけられると、
意欲よりも、煩わしさのほうが先に立っていた。
「うるさいな、黙っていてよ」
「わかってるよ」とかなり棘のある言い方になっていた。
先日、朝の番組でこんな特集をやっていた。
「受験生にかけてはいけない言葉」。
いろいろあるだろう。「落ちる」「すべる」「外す」・・・
しかし、そんな当たり前の単語より、「頑張って」という言葉が最も忌むべき言葉になっていた。
それまでに、「今日は共通一次試験、受験生の皆さん、頑張って!」なんて言っていたキャスターが
俄かに重い表情になって、「大丈夫ですよ!」と言い直していた。

テレビや新聞などのメディアを通して入ってくる情報は多い。
我々はさほど気にも止めず、流していることが多い。
しかし、私の母のように、社会に出ず、世相に疎い人々はテレビで放映されたもの、
新聞で活字になったものには絶大の信頼を寄せてしまう。よく特集を組むことがある健康のこと。
どのような食物や薬品が身体にいいか?そのような番組を観た人も多いだろう。
「アガリクス」「お茶」「コーヒー」。「チョコレート」というのもあった。
たとえば「お茶」は体内の不純物を流して、美容、コレストロールの制限にはいいだろうが、
体内に十分な水分を補充する、となると逆効果だ。
しかし、特集では当然「いいこと」を流すばかりだ。そうなれば当然、視聴者は絶対的な良薬としてみてしまう。
食物の効能、効果をその日のテーマに沿って示すのだから、当然の成り行きだ。
しかし、食物や薬品に絶対的、万能のものというのはあるのだろうか?
同様に言葉や歴史上の出来事というものも状況や時代によって、評価が変わってくるものだ。
南北朝時代の楠木正成など時代によって評価は変わるし、
坂本竜馬だって「竜馬がゆく」によって広く知られるようになった。
言葉も使う人の表現によって、意味が変貌を遂げることもある。
組み合わせて新しい言葉を生み出したり、意味が変わったり・・・そう言葉は生き物のようなものだ。
そう思うと、言葉を本来の意味で大切に使用したいと思う。
いつの間にか「頑張れ」という言葉が「人を励ます」ものではなく、
「人の気持ちを圧迫する表現」となるときだって来るかもしれない。
私はメディアの発することに何ら疑問も持たず、鵜呑みしてしまうことが恐ろしい。
多くの人が、その言葉本来の意味でなく、自分たちが造作したもので理解されれば、
それが一般的なものになるかもしれない。
「頑張れ」という言葉はかけがえのない言い回しだ。
スポーツで自らを、相手を讃えるこのような言葉は唯一無二のものだ。

そういえば、形のない出来事に対して「〇〇という形が・・・」と
報道番組でキャスターが当たり前のように話している。近く標準的な表現になるだろうな。

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