Category カテゴリー

第十四章 ①:手数料って・・・ほら旅行業者に払っているものです

2018年3月5日 月曜日

特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~


friendship-2605449_960_720

新入社員で入社した1980年、ホテルニューオータニは2000室を有するホテルだった。
そんな大型ホテルが1900室を超える客室を販売し、しかも一室単価が23000円程度。
1日の宿泊売り上げが連日3000万円を超えられるのだから、大型のホテルはおいしいと誰もが思っていた。
オータニクラブという会員組織が室料10%割引。朝食付きというのは当時、魅力的だったろう。
しかし、潤う業界は狙われる。外資系ホテルが次から次へと建設され、買い手が選べる時代と相成る。
さらに、お客様自身で比較対照できるネットの時代へと変わっていく。
こうなると、料金は安くなければ売れない。
昔、会員特典に満足していたお客様は「会員なのに、なぜこんなに高額なんだ?」と会員特典の在り方に疑問を唱える。
そう、まぎれもなく、会員料金というのは売り上げを伸ばす大事なツールになっている。
「こんなに安い料金で、しかもコミッションを払ってんだろ。会員料金も変えろよ・・・」
そう言われることも多くなり、フロントのスタッフは言葉に窮する。
ネットで販売する室数というのは、その日の予約状況を見て、ネット担当者が室数、料金を決める。
空いている部屋があるんだったら、安くても販売した方がいい、
ただあまり多くの部屋を出したら、販売室数は多くなっても、売り上げは伸びない。
一室用意する経費を賄うだけの収益にしかならない。だからあくまで室数限定だ。
この状況を部屋の提供をするフロント係員は正しく理解しているか?
14000円で提供する部屋も26000円で提供する部屋も部屋タイプが同じなら、
違いを理解せずに提供することはないだろうか?
つまり、ネットでの予約でも、会員だからと、レイトチェックアウト、OK。
部屋のグレードアップ、OK。案内のベルマンつけました。
曰く「会員のお客様なので」・・・ご丁寧な対応。
(嫌味だよ)挙句の果てに正規料金のお客様に対して、案内するベルマンもなく、
口案内だけで客室に行ってもらうということになる。
「いいよ、わかるから」と荷物を引きずって・・・これがホテルの案内か。
ホテルの会員である、ということはある種ステータスがあるお客様ということを理解していただきたい。
だから本来であれば、ゆっくりと最善の注意を払って接遇に努めるべきお客様なのだ。
ただし設定された料金で利用する、というのが原則だ。
極端な話、私はネットでの安い料金で予約を入れてきたお客様についてはグループ客という認識で考える。
個人客とグループ客の違いは何か?登録するときのオペレーション上のことは別として、
個人客は一件ずつフロント係員が確認しながら対応するお客様であり、
グループ客はあらかじめあてがわれた客室に宿泊するお客様である、
よってキーバッグという袋でキーを渡されるのが一般的で、渡されたキーバックの部屋に各自向かうのである。
いわば「グループネット予約様」とでも言うべきか。
繰り返すが会員であっても特典はない。部屋もホテル側が提供するもので納得してもらう。
私もそうだが、出張の時など、このネットで予約をするのが一般的である。
このネットによる予約も旅行会社が入っている。各人がパソコンで予約をする。
それだけで手数料が入る仕組みになっている。
この売り上げも大きいが、旅行会社の業務はこれだけではない。
業界トップのJTBが大学生の就職希望企業の上位でいるのは、
サービス業界の象徴であり、やりがいを感じる職種と思われているからだろう。
ホテル業界もこの旅行業界に委ねる部分は大きい。そして今後もその関係は続いていくのだろう。
そんな旅行会社にからんだ事柄をいくつか思い出してみたい。
そう、彼らも自分を押さえて結構面倒な業務をこなし、お客様に対応している。
大げさな事例ではないが、足を運んだいくつかの件を記してみる。


第十三章 後半 :安全という商品

2018年2月28日 水曜日

第十三章 後半 :安全という商品
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
●火災編
日本で初めて世界陸上競技大会開催されたのは1991年8月のことである。
メイン会場国立競技場。その近さゆえかどうかわからないが、
IOC会長など主だったメンバーはホテルニューオータニに宿泊した。ただし、選手は別ホテル。
9月1日に閉会式が行われ、その後当ホテルで、「フェアウェルパーティー」が行われた。
何しろ終了時間が翌日になる遅い時間の宴会である。
満室ではないとはいえ、駐車場は多くの車が収まっている。
そこに当時の総理大臣海部首相はじめ、政財界の重鎮が来るわけで、駐車場はかなりの混雑が予想される。
よって、社有車、テナント車両は庭園内・ガーデンバーベキュー近くに移動し、対応に努めた。
海部首相の挨拶が終了したのが日付も変わった頃。
同僚と「ようやく終わった」とばかり、顔を見合わせた。
会場のスタッフに挨拶をして、ハウスユースでとっている部屋に入る。
せめて乾杯ぐらいと同僚とグラスを傾けた。やはりこんなときはうまい。
と、しばらくすると、メインの駐車場に消防車が入ってきた。「なんだろう?」さほど時を隔てずさらに1台。
「やばいな」気づかぬふりをして寝ようかと思ったが、どうせこれじゃ眠れないと、防災センターに行く。
「火災」「場所は庭園」庭が燃えてんのか?野焼きでもやってんのか・・・
現場はすさまじいことになっていた。車両を移動したため消防車両が火点に近づけない。
火柱が上がる。「どこが燃えてんだ?」「もみじ、もうだめだ」
いつも冗談ばかり言っているドアマンのTの目が彷徨っている。
幸いというべきかこの時間に宴会があったので、ドア、ベルにスタッフがいて、車の移動を順次行っている。
「水は?」「中に近づけないから、この噴水から引いている」
同僚と館内に戻る。お客様が不安になって、ロビーにいるかと思ったが、さほど影響はなかった。
宴会場のフロアーに行く。「あれっ」マネジメントサービスのS部長がいた。
おそらくホテルマンとして当社では随一の方だろう。
「大喪の礼」など全社体制の事務局長、営業戦略の説明、判断にブレがない。
ただし、みんな飲みに行きたがらない。
「だって、飲んだら気合が入って、シコなんか踏むんだぜ。」そりゃ勘弁だ
「マスコミ対応ですか?」
「う~ん、そろそろ来るんじゃないかな」
「何名ぐらい?」
「30席あれば、いいかな」
外は収まっていた。幸い、もみじという店舗はすっかり焼けてしまったが、延焼せず。
宿泊されているお客様にも影響はなかった。原因、火の不始末。これはマスコミの恰好の餌食だ。
「世界陸上終了して、レストランに点灯・・・シャレにならないな」
もう一度火災現場の方に足を向け、静かになっているのを見て部屋に向かう。
「あとはいいんですかね?」
「いいでしょう、疲れているし、いても役に立たないし・・・ラ・フランスってとこかな」
「・・・」(洋梨)
翌日、新聞、テレビなどマスコミが大きく扱うことはなかった。
こんなとき、マスコミへの対応が遅れ、犯人捜し、
原因の追究など社内の調整に追われていると、大きく取り上げられ、
コメンテーターが「首相がお帰りになって気が緩んだのでしょうかね」とか
「木の多い処で一歩間違えれば大惨事になりかねない」と、言われかねない。マスコミは敏感だ。
この企業は起こるべくして事故がおきた。スタッフの動き、表情からすぐに察知する。
それにしても、あの短い時間でS部長はよく概要を理解し、口にすることができるものだ。
さて、このような災害はいつ発生するかわからない。
人為的なものではなく、たとえば電気の漏電などによっても、事故の可能性はある。
日頃から注意を怠らないことはもちろん、消防署、警察署と連絡は密にしなければならない。
展示会やディナーショーのような通常とは異なる宴会場の利用時、
すなわち不特定多数の方が来館される、会場内で会計処理が行われる(会計の端末が入る)、
スモークをたいたり、大きなジョーゼットを使用する、などのことが予想される場合、
非常口の表示、通路の確保など確認の上、会場図面、開催届けなどを消防署に提出する。
多くの車両が予想され、ホテルの駐車場ばかりでなく、周囲の道路に渋滞の影響を及ぼすことがある。
しかも、ホテルニューオータニは紀尾井町、麹町は千代田区、赤坂は港区、
四谷は新宿区と三区に囲まれた地域である。
警察が他の地域をカバーすることはない。つまり、ホテルはこのようなとき、
3地区の警察署に開催届けを提出しなければならない。
関係ない話だが、いくつか警備対象の要人が来る物件を担当すると、
所轄の刑事と顔見知りになることがある。いつも顔を合わせているうちに仲良くなり、
いろいろな話をするようにもなった。ロシアのゴルヴァチョフ大統領が来日した時である。
その刑事はいつも直前になると、私に最終確認をしてくる。対象車の駐車位置、会場までの動線。
「いやー助かるな、注意するのは自分のテリトリーの1メートルだけ・・・
そこを通り過ぎたら、もう関係ないもんね。上見てるよ」もちろん冗談だろうが、実情でもあったろう。
この刑事はなんでも私に聞きゃいいと思っていたのか、
名前を憶えているホテルスタッフが私だけだったのか、よく誘導中にも声をかけられた。
この時も大統領が宴会場に入る際、柱の右を通すか左を通すか、
当日の状況でロシア、日本のSP,、ホテルのグリーターで直前に決まったのだが、
よりによって移動中に私に聞いてきた。「どっち?」ロシアのSP厳しい顔、私、親指でサイン。
この刑事と2,3度飲みに行ったことがある。
体もでかいから飲みっぷりもいいし、声もでかい。ついでに態度もでかい。
「こんなふうにはしゃいで、警察の人に呼び留められたりしてね・・・
ああ、ここの所轄は麹町じゃないんだ、四谷警察ですね」
「自分のとこじゃ飲まないよ」
消防署、警察の方と仲良くするのは必要だが、ここまでする必要はない。

第十三章 前半 :安全という商品

2018年2月28日 水曜日

第十三章 前半 :安全という商品
 pexels-photo-262978

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る

●この商売は安全という信頼感から

ホテルが提供する商品とは、ご存知の通り
「宿泊」「レストランでの飲食」「宴会場でのパーティー、会合」が中心であるが、
それ以外にテナントでの買物、飲食、引き出物などの手配などもある。
安くはないこれらの商品を購入する理由の一つに安心感、安全性というものがある。
ホテルなら大丈夫、間違いないと信頼を寄せる何かがある。

たとえば、ホテルで披露宴を挙げるとき、一般的に衛生面はしっかりしていると認識される。
セイフティボックスもあるし、盗難などの心配も少ない、
それに保安関係のスタッフもいて、何かあっても対応してくれる。
目に見えないものだけど、このセキュリティー体制が整備されていることがホテルの特色であり、
裏をかえせばこれが備わってなければ、ホテルとしては評価されない。
スプリンクラーは備わっているか
防火扉の設備はあるか
非常口はしっかり目につくか
こんなことをホテルに泊まる時、確認してみるといい。
さて27年あまりホテルニューオータニに在籍したが、
この間私が覚えているだけで、3度食中毒が発生し、2度火災が起きた。

●食中毒編

その日はフロント業務の夜勤明けだった。会社の後輩の披露宴。
私は司会、と酔う要素は十分そろっていた。私はグラス2杯のビールで顔が赤くなる。
この程度で赤くなるのも恥ずかしいので、赤い顔はするけど、酒は強いんだとばかり、しっかり飲んでしまう。
そんなわけで、翌日、体調を崩した。幸い公休だったが、何度も下痢でトイレに足を運んだ。
「30代後半になると、体も弱くなるな」と実感する。
翌日、体調はあまり芳しくない。しかし、芳しくないのは会社そのものだった。
同僚から「椿さん、昨日大丈夫でした?」と尋ねられる。「大丈夫って?」
「食中毒の申し出が続いたようでさ。それが、彼の披露宴のお客さんもいたようで・・・」
「まだ原因もわからないんだろうけど、自分の会社で披露宴やって、食中毒って・・・まずは自分の検査をしなきゃ」
検査結果・・・腸炎ビブリオ。食中毒。原因はオードブルのホタテ。
同様の料理が3会場に供され、列席者は250名に及ぶ。ホテルは急遽事務局を作り、対応策を講じる。対応策は以下の通り。
対象は該当する披露宴出席者全員
ホテルは被害者全員に、お見舞いとしてお見舞金と粗品をご自宅に届ける
お見舞金はその症状(医療機関への通院回数など)より3段階とする
お見舞の対象者は100名あまり
発生場所のタワーオードブルの調理場は1週間営業停止。
どうやら指に怪我をしているスタッフが調理したようだ。
これくらいならと思いがちだが、指先に怪我をしている時は人の料理を作るのはご法度だ。
このニュースは保健所に経過報告を出した段階で、公のものとなり、新聞、テレビのニュースで流れる。
事務局は、被害に遭った両家に結果報告に赴く。
ただし、新郎新婦は新婚旅行中。両親に検査の結果を伝え、お詫び。
さて、私はといえば1週間もしないうちに菌は体内からなくなったが、
気分的なものか体調崩した後遺症か、腸は弱っていった。
「椿、大丈夫?」「はい、もうすっかり」といいながら元気はない。にも拘わらず、お見舞要員となっている。
行先、小田急沿線。「結構遠くて、のんびりいけるな」とほくそ笑んでいたが、
実際に行くと、駅から20分、緊張感もあったろう、お腹がゴロゴロなりだした。
お見舞に伺いながら思わず「私も食中毒になりました」と言いそうになった。
この時もそうだが、同じものを食しても食中毒になる人、ならない人がいる。
その時の健康状態やその人の体質にもよる。
このような披露宴やパーティーのように食した人が多ければ複数の方が災禍にかかるので、おおよそ検討もつく。
しかしレストランで食事を摂ったお客様の内一人だけ「食中毒のような症状が出た」と申し出があったら、どうだろう?
うちの商品に限ってそんなことはない、とまず思うのではないだろうか?
私がアシスタントマネージャーの職に就いていた時、一度食中毒があった。
ステーキハウス、当日のディナー利用3組6名。そのうちの一組、女性2名の利用。
翌日帰りの飛行機内で症状出る。家についてから同行した友人に連絡すると、同じ症状とのこと。
3日間苦しむ。ようやく動けるようになり、病院で検査。「食中毒」。その状況を記してきた。
発症の前日、当日とも他所での飲食なし。なお、このお客様以外からの連絡はなし。
安全管理室衛生担当に連絡。ステーキハウスのキッチン、サラダバーのコーナーなど調査。
食中毒はレストランのサラダバーに多数サルモネラ菌を採取する。
「卵か肉に多数菌が付着。器にもいましたよ。
おそらくサラダを食べていたら、みなさん悪くなっているんじゃないかな」
「これはもう届け、出されたんですよね」
「ええ」
「他のお客様にも確認した方がいいですよね?」
「その方が親切でしょうね」
他のお客様には体調を崩された方はいなかった。というか、無頓着であったのかもしれない。
食中毒はその病原菌を口にした人が100%体調を崩すわけではない。
しかし、大丈夫と高を括ると、災禍は訪れる可能性は高い。
日常よりお客様の飲食にかかわるものを扱っているところは、清潔にし、利用しやすいよう整頓しておくことが大切だ。
また、体調が悪いという申し出があったら、医療機関に診てもらうよう薦めることが必要だ。
勢いよく「お宅で食べたモンで当たった」とか「食中毒だ」と迫られると、
お詫びを言いそうになるが、原因がわかるまで、むやみに謝らないこと。
披露宴に出られた方でゴネたお客様はいなかった。
披露宴主催者、すなわちご両家であるが、最終的には割引をしたと聞く。
ただし割引はさほど大きいものではなかったと記憶している。

第十二章 後半 :パワハラって

2018年2月5日 月曜日

第十二章 後半 :パワハラって

  特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る
 
気を付けることは

人間は誰もが自分のことを語りたがるものである。
確かに業務を遂行するために月間100時間も残業したのは誇りにすべきだろうし、
称賛されてしかるべきものだろう。
しかし、間違いなく時代は変遷し、それを正論とすることはない。
私は個人的に思うのだが、あの頃どこの企業にいるスタッフでも、仕事することを厭わなかった。
それは業務に対して前向きであったということもあるが、どこか楽しんでいる面もあったのかもしれない。
たとえば、ニューオータニで夜中に設営に立ち会っていた電通のスタッフは、
つらいと思いつつ、ニューオータニのスタッフと談笑し、気を紛らわせてはいた。
いわば同じ方向を見ているという意識もあったような気がするのだ。
今日そんな意識はない。夜中に搬入、設営をするなんて、苦痛以外のなにものでもない。
もっと仕事を楽しもうといっても、おもしろくもないものに楽しめるかということだろう。
そんな会社に対する意識、仕事に対する想いも異なるスタッフが同じ空間で業務に就いている。

当社でもパワハラとして、問題が表面化したのが4件、問題が認知される前に精神的に疲弊、退職1件、
公になったわけではないが、職場環境に合わず退職というのが数件あった。
こういう問題が発生した際の対応について個人的な意見を以下に記す。
職場の長が職場をどのように考え、まとめるかにかかるものであるが、
職場の長はいつでもスタッフの申し出に対応できるようにすること。
また、教育、指導をするのはブレがないよう、原則一人であるが二人に問題、諍いが生じることも想定される。
その際、スタッフに逃げ道が無くなることのないよう他のスタッフのヘルプできる体制をつくる。
職場でパワハラと思われるような事象が起きると、スタッフが出社拒否になるのが一般的である。
この際、休んでいる人間は周囲に迷惑をかけているという負い目を持っている。
先日退職したスタッフも「会いたくない」というのが本音だったと聞く。
ようやく会うことになった会社の同僚にたいしても
「プライベートな友人としてなら」と但し書きを添えてきたという。
一般的にこのような場合、職場の長が面談することが多い。
そうすると、私もそうだったが、「どう調子は?」で始まり、
原因はなんで、いつ頃まで休むという話になる。
これはオペレーションをつかさどる以上、当然のことである。
二度とこのようなことが発生しないよう、注意することを認識する。
だが、対象者は現在、会社を休んでいる状況だ。
オペレーションの取りまとめと対象者への接することとは別のこととして、対応しなければならない。

この場合、「つらかったんだろうね?」「きつかったんだね」と言葉をかけることから始める。
会話とは、その時のTPOに沿って進めていくものである。
これが職場で申し出があったものならまだしも、このような状況では、対象者の気持ちに寄り添うのが肝要だ。
つまり、言いたいこと、叫びたいこと、やりたいことを引き出すばかりなのだ。
「私はこう思う」「こんなふうに注意しておく」と対処法を伝えるより、
被害にあったスタッフの言葉に相槌を打つことが必要である。
ここで思いのたけを吐き出せればいい、しかし、もう医療機関にかかっているのであれば、委ねるしかない。
今後の予定についてはそのあと考えればいいことだ。

私はパワハラ、セクハラなどの問題に関してどちらがどうということを言えない。
ただ、今後おそらく、年長者に対する「いじめ」、
いや「排除」「無視」といった歪な対応が生じてくるだろうという予感は否めない。
 

第十二章 前半 :パワハラって

2018年2月5日 月曜日

第十二章 前半 :パワハラって 
 
businessman-3036181_960_720

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

サービス残業にゆだねるな
企業の長時間労働のことが新聞を賑わせている。
たとえばヤマト運輸、セブンイレブンなどのコンビニ、HISなどの旅行代理店。
これに大手広告代理店、電通。いずれも我々庶民には広く知られる企業だが、
メーカーやゼネコンなどのように1件毎の売り上げはさほど大きくはない。
商品にかかる付加的なサービスで利益を得たり、薄利多売の中で儲けを得たりしている。
こうなると、長い時間を要してでも利潤を求め、突き出た金額については加減してもらう。
ということも現実としてある。こうしたサービス産業的な企業は同業社が増え、
単価が落ちている今日、突き出た金額=スタッフの残業代については目をつぶってもらうということもありうる。
残業代を申請しない、あるいは未払いといった報道を耳にすると、業種によって差ができる現実に悲しくなる。
私がホテルで宴会予約の業務に就いていた時、イベント的な物件には必ず電通グループの業者が入っていた。
もともと広告代理店ではあるが、イベントでの創作物、音響PA関係など行なう業務は多岐にわたる。
また、企画書を作成してくれるので、ホテルの現場はそれに合わせて確認すればいい。
会場を提供する我々にはこの電通が入るだけで、業務量、手間が大幅に異なっていた。
当時、どれくらいの金額で請け負っているのか確認したことがある。結構な高額だ。
だが、創作物の費用、人件費、そして何より開催前日の仕込み。
ホテルの前日の物件が終了してからの搬入、設営、リハーサル・・・当然帰れないこともある。
その宿泊代などの経費。それを考えたら決して高いものじゃない。
そのような状況で月間100時間以上残業するのは当たり前と彼らは考えていた。
パワハラ、過労死といった問題が生じることの温床はここにある。

当時、このように仕事をしていた人たちが今日幹部になっていることと思う。
時の流れは、いくらでも遅くまで仕事をしていた過去を美談でも、
よくやったと感心されるわけでもない。
ただ、「労働基準法により1週間40時間の労働時間」
「特例としての残業時間については週15時間、月45時間を上限とする」

当たり前のこととしてこんな通知が回ってくるだけだろう。
「これじゃ業務がまわらない」口には出さないが、これが偽らざる本音ではないか?
私が現在勤務している会社も、あまり残業時間が多いようだと、
支配人にはその月の状況を伝えることがある。
「なるべく調整を図り、規定の時間を超えないよう努力すること」というお知らせなのだが、
どうやら満足に残業もつけさせてもらえない、という状況になっているらしい。
つまり、今月はもう残業の規定時間を超えている(超えそうだから)
調整するように、各施設のトップからお達しが流れるようだ。
当然、業務が多忙なところほどその傾向は強い。

そういった施設では何人かその施設の業務を熟知し、手際よく業務を執り行うスタッフがいる。
彼らはどうしても自分の業務量を基準に考え、周囲のスタッフも同様のレベルに達するよう叱咤激励する。
一方教わる方は自身の業務状況を改めて見直すと、劣っていることを悟る。
え、こんなに自分は売り上げ低いのか、
劣っているのか、このままだとだめだ、怒られるかも、評価悪くなるかもと、懸念する。
いわゆるパワハラと認識され、
被害にあったスタッフが出勤しなくなった施設の支配人に尋ねてみると、
多くは被害者よりも加害者の方を重んじている。
「あのまま野放しにしていたら、みんなの足を引っ張るだけ」といったような言葉が返ってくる。
またこのような被害者タイプのスタッフは総じて残業時間が多い。
同じ業務量であっても、事務処理能力の違い、効率的な動きなど諸事情によって労働時間に影響が出る。
しかし、この能力差というものはキャリア、能力などにより当然生じてくるものだ。
もしこれをフェア、公平にしたいとなれば、労基法に基づき1週間40時間の労働時間を謳い、
残業については、各人の事務処理については認めず、もしくは一律何時間と定めることになるか。
そして本来の残業については支配人が認める共通の作業に限るとしなければならない。
翻って電通のケースを考えてみよう。
おそらく、スタッフの残業の業務内容を上のスタッフは把握していなかったはずだ。
そして、1週間15時間、1ヵ月45時間の問題に直面したら、
「だったらつけなければいい」という発想がどこかにあったかもしれない。
曰く「だって、俺たちそうだったもんな」という思いをちらつかす。
規定に合わないことを指示することはないだろう。
ただ、「俺たちのころは・・・」「何時間も仕事したよな」と口にすることはあるかもしれない。
上司からそんな話を聞けば、そうしなきゃいけないか、と思う。
少なくとも構わず残業をつけるのは控えるだろう。
その意を受けたさらに下のスタッフは「残業つけるなってことだな」と結論付ける。
この発想の伝播はどこの企業でもおなじだ。
時折、ホテルニューオータニの宴会予約時代のメンバーと会う。
懐かしい話ができるから、その時代を共有した仲間だからあまり気兼ねはない。
好きな話をするから自分の自画自賛の話もしてしまう。
ただ、致し方ないことだが、どうしても「あの頃はこれだけの婚礼を担当した」
「こんな物件があった、大変だった」というのは後輩にはあまり面白くない。
「最近の連中は料理の内容もお知らないんだ、ソールムニエルって説明できないんだ」
こういう話って、あまり聞きたくなよね。
「孤独なムニエルってどんな感じかね?」
「何、何言ってんだよ」
ここまでならちょっとはぐらかすぐらい。つい調子に乗ってしまい
「ソウルといえば、なんで韓国の歌なんて、日本で流行るのかな?」
「それって、ソウルミュージックのこと?」
「ああ」
「あれはアメリカ黒人を中心とした音楽。M.ジャクソンとかEWF、知ってんだろ」
「ジャイケル・マクソン・・・よく知ってるよ」
ここまでくると嫌われる。これも自己中心型。

第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

2018年1月30日 火曜日

第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


●そして気がつくと
年が明けても、業務で変わることはなかった。
一つ一つの動きがルーズになり、大儀そうに業務に就いていた。
自分自身でも動きが、反応が悪いことを感じていた。
食事は時間が定まっていないとはいえ、三食摂っていた。
2月末だったか、部長から「話がある」と声をかけられた。
「調子はどうだ?」という質問から始まった。
あまりよくない旨返答し、営業は苦手であると伝える。
「異動する前に、営業はどうだって聞いたが、その時は大丈夫と言ってたが?」
やる前から合わないと普通言わない、と思いつつ、自分は物件をさばき、処理するのはいいが、
取ってくるということは苦手だと答える。

 「上司とは合うか?」
日々怒られていると答える。あれは指摘、注意の類じゃないですよね、とは言わなかった。
「各部署はその長が色付けして、特徴が出るものだ。
スタッフはそれにあわせなきゃいけない。合わせられないのなら、その人間が悪いんだ」

「わかりました」

会社、というより料飲営業部の意向は理解した。
特に感情が高ぶることも、そうかとスッキリすることもなかった。
そうだろうな、という認識はあった。このような環境の中で、我々は仕事をしてきた。
スタッフが何人も退職しても、聞き取りなどはするにしろ、基本的には上司の責任は問わない。
こんな話をしたので、正直4月に異動かなと思ったが、なかった。
東横線で会社に向かう。多摩川を渡るときに車両が外れないかと思うことが多くなった。
死ぬという意識はなかったが、消えるという意識がふくらむ。

表情がない、うれしそうだったり、辛そうだったり、そんな喜怒哀楽が表情に出なくなった。
食事は摂っている。しかし満腹感もなければ、空腹を感じることもあまりない。
業務はこなしている。前年、準備をしていなかったら怒鳴られた銀行向け「忘年会の案内」も5月に手配した。
心なしか怒鳴られる回数も減ってきたか?
ただゴールデンウィーク明けから2週間余りで体重は5キロ減っていた。
辞めたいとも異動したいとも、できませんという言葉すら口に出せない。
ただ面倒だから。体調が悪いという自覚はない。

6月課長に呼ばれる。異動の内示だった。

「君は宴会予約のような手配するのは合うけど、
営業のようながむしゃらになってうちでやりませんかってゆうのは駄目だな。」

「・・・はい」

「宴会予約に異動だ、がんばれよ」

「はい」

7月に宴会予約に異動。営業に在籍していたのは1年4か月という期間だった。
その後、多くの人から当時のことを伺った。

人事課に訴えたスタッフがいた。「あのままじゃ椿は駄目になる」と、
人事課長に直訴したのが、当時外務省担当で、儀典官室、各国地域を担当していた先輩。

以前からよく組んでいた。
「あんなに明るかった椿が全く話をしなかったもんな・・・」おそらく、部長が私と面談したのは、
この申し出を受けた人事課長の要請と思われる。
他にも状況を人事スタッフの耳に入れてくれていたスタッフがいたとのこと。
異動先の宴会予約課の課長、筆頭係長は以前在籍していた時からのつながりもあり、
口々に「俺が引っ張ったんだ」と歓迎の意を口にしてくれた。
引っ張って異動するのと、どこか引き取る手を探すのとでは違う。
たしかに、当時の私の評価は最低だったようで、
こんな人間を宴会予約のような部署に異動させていいのかと、上から言われていたようだ。

さてこの時の上司であるが、料飲営業部長までなり、無事定年まで東京に在籍する。
一度飲み会で部下に暴力をふるい、注意されるが、降格等はなかった。
以上のことを踏まえ、部下を持つ立場になった時の自分の思う注意項目を綴る。

自分は常に大丈夫と思うな

どこかに誰か話ができる人間がいること

自分がやらなきゃいけない、と責任感を強くもたないこと

自分の変化に気を付けること・・・口数が少ない、動きが大儀になるなど

変な空想、思いにとらわれるようになったら、医療機関にも

自分はオールマイティじゃないことを自覚すること、あれこれやろうと思うな

一たび歯車が合わなくなると、修復がきかなくなることがある
そんなことを踏まえて考えてみると、この時のことは確かに私に責任があった。
営業という職務にもかかわらず、業務の遂行ができず、部署の意向を十分に理解しなかったことだ。
このスタート地点を誤ると、とんでもない方向に進んでしまう。
詳しくは次章「パワハラについて」で。

第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

2018年1月30日 火曜日

第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

desperate-2100307_960_720

特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


悲惨な時代に営業へ
通勤時間、東横線で多摩川を渡っていた。
前日の雨で水かさは増し、川は土の色に変わっている。
もしこの車両が脱線して、この川に落ちたら・・・などというとんでもない思いが脳裏をかすめる。
40歳になる前年3月に、料飲営業部に異動となった。自分自身が営業に向かないことは認識していた。
厚かましく御用聞きに行くことができない。
用事もないのに足を運ぶのは迷惑じゃないか、などどうもええかっこしいで、体裁ばかり気にする性癖がある。
異動して2か月にも満たない5月、課長が変わった。
以前より、人に怒声を浴びせ、手を挙げることも多く、スタッフが何人も辞めていると耳にしていた。
私も以前より知っていたが、なるべく接点はもちたくないと思っていた。
私のテリトリーは外務省、経済団体、銀行他。
ちょうど山一證券が破たんし、銀行も次々に統合していく時代だった。
ホテルで就任披露や顧客招待など目立つ催事は控え、何事も目立たぬように、そう自粛だった。
当然、売り上げは全く伸びなかったが、
営業マン時代に私のテリトリーを担当していた課長にとって、歯がゆかったのだろう。
異動してきて、1か月もすると、きつく言われるようになっていた。
「参ったな、また言われちゃったよ」当時私もこんな調子で、周囲にもおどけていた。
しかし、これが毎日、1日朝昼晩と3回続くとおかしくなる。
これが人前ではなく、個室で言われていればまだいい。40名以上スタッフがいる事務所で、
「おい、この間話した●●は行ったのか?」
「いえ、まだ行ってません」
「早く行けと言っただろう。なにやってんだ」
「すみません」
「君は上司のいうことを無視してんのか?」
こんな調子でエスカレートする。その結果「ばか」「最低だ」「お前の評価はEだ」
と感情を露わにし、罵倒される。これはボディブローのように効く。
「お前、あいつを心臓麻痺で殺そうとしてんだろ・・・」
「あの人、怒りながら、自分を鼓舞して興奮してんですよ、気にしない方がいいですよ」
普段の自分の様子から、周囲の人間はこんなふうに声をかけてきた。
冗談交じりで言ってくれるのは、私が大丈夫と思っているからなのだろう。
だが返す言葉が出てこない。
何しろ話をすることが難儀だ、人と話している姿を上司に見られたら、と落ち着かない。
だから、何人かで話をしていても、会話に参加することができなかった。
人の言葉に頷くことはできる。反復することはできる。
しかし、話の内容が耳に入ってきても、思考回路には回ってこないのだ。
私自身の意識もその上司だけに向かっていた。つまり配慮する、気を使うのはこの人だけ。
お客様より、誰よりもこの人にだけ注意すればいい、それが自分を守ることだという意識になっていた。
当然、帰るのはこの上司のあと、何もないからと帰ってしまうと、翌日何を言われるかわからない。
営業日報も書き、立ち会う物件もなく、連絡するところもない。
それでも帰れない。周囲のスタッフが帰宅の途につく。
「お先に、椿・・・まだ帰れないの?」
「もう少しだけ・・・」

 こんなことがあった。出張宴会で夜、立ち合いのためその会場に行った。
終了したのが21時だったので、そのまま帰宅した。
翌日、営業日報を提出すると、
「▲▲はどうなってる?」
「どうなってるって・・・見積出して、返答待ちです」
「報告が遅いんだ、どうなっているか逐一報告しろ」
「すみません」
「だいたいお前は何も説明しようとしないだろう。仕事に向かう姿勢は最低だ。〇〇より落ちる。」

〇〇とは同じ営業スタッフだ。ここで引き合いに出されるのもかわいそうだが、
要は「お前は誰よりも劣る」ということを認識させたかったんだろう。
こうなると、何をしていいのかわからない。前々日、前日、今日とそれぞれ注意されることが別だ。
やること、なすことすべては注意される、いや怒られる対象だ。

11月、部長から呼ばれる。迎賓館に国公賓が来る。
宿泊部のスタッフが足りないので、夜間のヘルプをお願いする。とのことだ。
具体的には電話の対応。
「わかりました。課長には?」
「話してある。」

この部長は、宿泊部長に在職の折、サミット開催、
その時宴会予約に在籍していた私を宿泊担当として事務局に迎え入れ、
また営業部長になられた折も、私を営業部に呼んでくれた方だ。
だから「椿のことがお気に入り」「いつも椿がそばにいる」とささやかれていた。
当然部長の依頼もまた断ることができない。
直属の上司、課長からの指示はなかった。
当日朝「本日、迎賓館ヘルプと伺っていますので、4時を回りましたら事務所を離れます」
「ああ、よろしくね」営業の業務を一通り終えてから、別の仕事に就くのだから体力的にはきつかった。
しかし、この事務所から離れることができる。
あの課長のことを気にしないで済む。それだけで気持ちは楽だった。
今日は迎賓館泊りだから、明日は早く帰れるかな、と思うと珍しく足取りも軽かった。
迎賓館のスタッフに気を使っていただき、少し仮眠時間も長くいただいた。
9時からの営業の業務に間に合うよう8時には戻っていた。
「椿君」
「はい」(今日は早く帰れってことかな)
「○○は行ってきたのか」
「いえ、まだ行ってません」
「行ってくれって言っただろ、どうしていかないんだ?」
「・・・(それよりかけていただく言葉はないのか)」
朝からさんざん言われ、いつも通りの業務が始まった。
私が夜間迎賓館で勤務したことは、部長が決めたこと。
自分にとっては知らぬ存ぜぬことだ、椿には通常通りの営業の業務に就いてもらう。
そういうことなんだろうな。今日も夜までの勤務になることを認識した。そう思うと「疲れた」

このころ長女はまだ幼稚園に通っていた。
クリスマスが楽しく、どれほど心待ちにしているものだったか。
そして、我々親はそんな子供の姿が何よりの安らぎであり、
息抜きになるものであり、がんばろうという活力となるのだ。

この年、クリスマス直前の土曜日、義理の父から鉄鋼連盟会員向けの「クリスマスパーティー券」をいただいた。
私はこの日も銀行の忘年会に立ち会ってから、その会場に行った。
娘はそれほどはしゃいではいなかった。
ぬいぐるみが姿を見せると、すぐにでも近づいていくのに、この日は少しかしこまっているようだ。
考えてみれば、ここしばらく娘の相手をしていない。
家のことをあまり考えることなく、時間を費やしてしまっていた。
手をつなぎながら、改めてしっかりしなきゃいけないと思っていた

第十章 後半 :人それぞれに価値観あり

2018年1月22日 月曜日

第十章 後半 :人それぞれに価値観あり

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
 
●金は自宅で払う。だから取りに来い
秋の陽気が気持ちいい時期になっていた。
眠そうな顔をして出勤すると、夜勤明けのアシスタントマネージャーが待ってましたとばかり引継ぎに来る。
「じゃー支払わないで帰っちゃったんだ」
「そうなんです。納得できないって・・・」
「それと支払うのと別だと思うけどな・・・」
内容はこうだ。
ガーデンレストトランで食事を摂った高齢の男女。(どうやら籍は入れていないらしい)
食事あとで気持ちよくなったのか、駐車場のベンチで膝枕してもらい休んでいた。
そこに館内巡回中の警備のスタッフが通りかかる。
こんなところまでよく巡回しているなと感心するが、警備会社の強面のスタッフだから言葉を知らない。
作務衣のような服を着ているこの男性を不審者のように扱った。

「なんだ」ということになる。自分はこのホテルに宿泊している。ルームキーだってある。
少し飲みすぎて、酔い覚ましにベンチを利用しちゃいけないのか?
そんな問答もあり、アシスタントマネージャーの席にやってくる。
お客様の申し出に警備のスタッフもアシスタントマネージャーもその対応を詫びるばかりだったが、
お客様は納得しない。酔った勢いもあったろう。理解してくれないというもどかしさもあったろう。

怒りの矛先はいつしか、人の話を真摯に聞かないアシスタントマネージャーに移っていた。
「なんでオレが怒っているか、解るか?言ってみろ」
「・・・」
その晩、お客様は高ぶってなかなか眠りにつけなかったようだ。
翌朝「納得できないから、今日は払っていかない。
私の家に来た時に支払うから、いつでもいいから連絡をくれ。交通費も含めて支払うから」と、
言い残してチェックアウトしていった。
アシスタントマネージャー席にはルームキーと連絡先を残して・・・
「お願いしてよろしいですか?」
「よろしいも何も、そのつもりだろ、で、お連れの方は?」
「何も言わないで、ただ聞いているだけなんです」
「名古屋で商売しているんだ。結構年齢違うようだけど」

男性がどのような人物で何をやっているのか見当がつかない。少なからず不安もある。
対応が悪かったのだから、今回の宿泊代は考えろということか?
そんな私の気持ちを察したかのようにもう一人の夜勤明けマネージャーが
「大丈夫ですよ、私もお会いしましたけど、普通に払いますよ。
なんて言うんだろう、作務衣着て・・・陶芸か何かやっているんじゃないですかね。
引くに引けなくなったって感じですよ。」
いつもクールでブレがない先輩社員。人呼んで「Mr アシマネ」冷静だ。
名古屋にある営業所の所長とともに行くことにする。
お客様に電話を入れたら、「いやー、悪いね、わざわざ来てもらうなんて」と、
本当に苦情申し立てをしたお客様なのか、なぜ家まで来いということなのか?

「名古屋駅の新幹線の改札口に運転手を行かせますので、その車に・・・」
お詫びに行くのに、車でお迎え?なんか変だなと思いつつ、営業所所長と会う。
やはり不安に思うらしく

「ヤクザとか変なお客さんじゃないでしょうね」
「う~ん、自分もそんな気もしたけど、ヤクザならこんな因縁付けないでしょ」
名古屋から車で1時間近くかかったろうか?山の中で犬と戯れて生活していた。
途中白い桜が咲いていた。「春と秋、二度花を咲かせるんですよ」そう運転手は話していた。
どうも高山方面に進んでいるようだったが、くわしくはわからない。
到着すると「いやーわざわざ」と言い、大きく深呼吸する。

「水がいいんでね、それで住むことに決めました」本人は胃癌を患い、切除。
だからおいしいものを食べて胃を満たすことはできない。
あの晩、久しぶりに食欲もあり、飲んで、食べた。だけど、その分胃を休めなければならなかった。
「酒なんかのまなきゃいいのにね。でも飲むと、横になることにしているんだ」
「・・・」
「そうしないと、胃がやられる。あの晩は気持ちいい夜だったんだ」
そう、あの晩、私たちは夢見心地の気分を壊してしまったのだ。
これがホテルのルールですと印籠を見せるようにして。
ホテルに泊まるにふさわしい服装があるだろう、休むならベンチではないところで・・・それが一般的です。
では一般的とは何だろう。
交通費は結構です。と言ったが、今回は「私の意に沿って、無理に来てもらった」と
「ただし、一番安い運賃で計算したけど・・・」という金額をいただいた。
さて、私たちは会社の規定に沿い、今までの慣例に沿って物事を判断し、対応する。
多くの場合それで間違いはないだろう。だが、時としてそれは相手の意向を考えない一方向のものであったりもする。

お客様のこだわりを考えているか?

お客様の希望を考えているか?

お客様の秘めた思いは考えてみたか?

お客様の触れてほしくないものは何か?
お客様の・・・お客様の・・・
そう考えると、単純にこうしたら喜んでもらえる、こうしたら納得してもらえる。
と、思うこと自体がおこがましい。
こうしたら喜ぶではなく、したことで喜んでもらったということに過ぎない。

帰りも名古屋まで送ってもらう。
「営業に行きたくても、これだけ遠くて道もわからないと・・・」所長がぼやいた。
私は「虎屋」のういろうを買ったが、賞味期限が短いので、家で食べた。

第十章 前半 :人それぞれに価値観あり

2018年1月22日 月曜日

第十章 前半 :人それぞれに価値観あり
特別連載企画
 
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る
btk
●気を遣うのは余計なこと?
これは私がフロント時代の話、まだ20世紀1995年だったかな。
当時、フロントの業務もろくに知らないで、日勤の責任者をやっていた。
秋の気配が感じられる時期。
タワーフロントの責任者から連絡が入る「すみません、苦情になっちゃいまして・・・」
タワーフロントに寄る。「どうした?」責任者に尋ねる。
内容は――

お客様は車いす利用者。ただし生まれつきではなく、交通事故に遭い車いす生活を余儀なくされた。
本人は仕事もしっかりこなし、自ら車も運転する。
だから必要以上に気を使われることをあまり好まない。

タワーフロントの責任者はクラブの会員でもあるこのお客様に、さしたる深い意図もなくこう申し上げた。
「本日はお広めのお部屋をご用意いたしましたが、いかがいたしましょうか?」
お部屋はハンディキャップのお客様が利用しやすいように、手すり等を設えたお部屋。
お試しになってはどうかと提案したのだった。
決して強要したものではなかったが、お客様はキレた。
ふたりで説明方々お詫びした。「もういい」「わかった」と言いつつ、納得した様子ではなかった。
窓の外に目をやりながら「この部屋から見える景色が好きなんだ」と、言った。
夕暮れ時の新宿高層ビル街、手前に広がる迎賓館。
お客様にとって、広く、便利ないかなる部屋よりもこの角度の部屋が安らぎを感じるのだろう。

後日、そのお客様から「会員を辞する」という連絡があった。
スタッフからその話を聞くと、すぐにお客様に電話をした。
電話があるのを予期していたのか、お客様は淡々とご自身の意思を、そしてそれが変わらぬことを語っていた。

お客様が住んでいるところは新興住宅街、同じような一戸建ての家が建て並ぶところにある。
しかも暗闇の中、表札も住所の表示も見えない。
ここで迷子かよ、と改めてお客様に電話をする。
これだからお会いした時は・・・互いに笑った。

「身体がこうなったからといって、あれこれ気を使ってほしくないんだ」
「・・・」
「人の力を借りることなく、自分のことは自分で・・・」
(それに対して、ホテルの設備は障害者への対応ができていない。
化粧室、エレベーター、いや、レストランも客室も障害者には不便だ)

「この人もこんな身体になる前は、こんなに口うるさくはなかったんですけど」
「うるさい、おまえは黙っていなさい」
さすがに身体のことに触れられると、心中は穏やかならざるものがあるのだろう

「わざわざお越しいただいているんだし・・・会員辞めるなんて、取り消しになったら?」
「いや、これはオレの気持ちの問題なんだ。許す、許さない、ってことじゃないんだ」
「わかります。私も・・・けっして会員をお辞めになることを引き止めにうかがったわけではないんです」
「・・・」
「私共の対応でかけているもの、どのようにしたらご満足いただけるものか?それを伺いたく、本日伺ったしだいです」
「・・・」
「お辞めになりたい気持ちが強いようでしたら・・・それは致し方ないことと存じます。
ただ、ただ、もし・・・新宿の高層ビル街をご覧になりたくなったら、ご連絡いただけませんか?」

「・・・うまいこと、うまいこと言う」
それだけ言い、その場を辞した。あたりはすっかり夜のとばりが深くなっていた。
後日、そのお客様から予約センターに電話があった。会員を脱会することは取りやめたという。
時を隔てず、私は異動することになる。
そのお客様とお目にかかることもないが、あの時、苦情となったタワーフロントの責任者が窓口になった。
我々がよかれと思って行うことが、必ずしもお客様の満足を得られるものでもない。
「こうしてあげた」「喜んでくれるはず」というサービスを誇示することはけっしてサービスではない。
ハンディをもつ方への対応はユニバーサルデザインとして、認識されるものとなった。
そしてニューオータニでもその後取組みが進んでいった。


第九章 後半 :暴力団のお祝い事

2018年1月10日 水曜日

第九章 後半 :暴力団のお祝い事
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

●話のネタ・・・でも笑えない
結局、この宴会については私が暴力団ということに気づかずに受注してしまった、
ということで安全管理室の記録に残っている。

顧客担当課長から「知らない」と返答されたときは、そうだろうな、と思いつつも
何かフォローしてくれてもいいだろうとも思った。
しかし、課長の受け答えは至極当然のものだろう。私が同じ立場だったらどうだろう。
情にほだされて「ああ、知っているよ。国会議員の□□先生の紹介だよ」と、警察の人間に話したらどうなるか?
これは勝手な推測だが、その国会議員の先生にしても、暴力団の幹部から直接依頼を受けたわけではあるまい。
第3者を通じて依頼があったのだろう。
それにしても、学校名、病院名での参事、理事といった名刺には気をつけなければいけない。
そこでしっかり勤務している人はともかく、常勤でない人は、何をやっているのかわからない。
ちなみに、このときのことは、よく話のネタにさせていただいている。
すなわち「病院の方だから出るって聞いて、てっきり退院と思ったわけよ。
それで『お出になるんですね』って聞いて・・・まちがっていないよね、相手はうなずくわけだ。
出てきたのは間違いないけど、刑務所だもんね。」一応受けるが、硬い人間には冷たい視線を浴びる。
もう一件。この件以来結構慎重になった。そんなわけで
「椿さん、婚礼のご相談いいですか?」「いいよ」(あっさりと)
「どちら?」「あちらのお客様です」「あちらって・・・」示されたお客様は男二人。
それも高齢の方だ。

なんとなく、あの暴力団のお客様と雰囲気が似ている。
一人は目つきギョロっとピエール瀧風。もう一人は痩せて心を見透かされるような感じだ。
この二人が親か、でもちょっと違う感じだ。
「おめでとうございます」と名刺を交換すると、埼玉県K市の不動産業者社長とK市の市長だった。

人を見る目なんてこんなものだ。社長は指にきらびやかな指輪をいくつもはめており、声はでかい。
どう考えても披露宴の相談に来たとは思えない感じだったが、ご子息、長男の披露宴の相談だった。
披露宴と言っても、当時よくあったご自身の会社のお得意様をお招きしての披露パーティーというものだ。

「来てくれるお客さんに、退屈な想いさせるわけにはいかないからな」と、あれこれ出し物を組み込んでくる。
「何時間もかけて食事というわけにもいきませんし・・・」
「どんどん飲ませりゃいいだろう」挙句の果てに、
個人的な知己のある「小松みどり」のショータイムを設けるに至った。

おかげで当日「小松みどりショーは何時からあるの?」なんて問い合わせまであった。脱線してしまった。
よくこういった接客の業務をやっていれば、怪しい客かそうでないか気づくものだ、と言われる。
でもそう簡単に判断できるものではない。
人間の思考回路というのは、思い込みとか予備知識で占められることがある。
だから、上司の紹介、知人がいる、ということでこれは大丈夫と思い込んでしまう。
まして交換した名刺がしっかりとしたところであれば、疑うこともなく、受注してしまう。
もし、暴力団等好ましくない物件は受注しないことという緘口令が敷かれ、
ペナルティーが科せられたら、怪しいと思ったものは無理しないに限る。
その判断基準は坊主頭、ひげ、細面に吊り上がった目、要は人相によって感じる勘だ。
だが勘に頼りすぎると、いい客を逃したり、苦情を招くこともある。

暴力団排除条例の広がりにより、ホテルなどの施設を暴力団が利用することは少なくなった。
それでも、似非同和や言葉尻をとらえては言いがかりを言ってくる人たちは存在する。
執拗に電話をしてきたり、声色を変えて、巧みに金品を要求してくる。
「わかりました」と言って、収めるのは楽だが、それで済まない。甘い判断は後々まで禍根を招く。
利用規定、約款などに明記し、対応は複数名。きちんと断るようにしなければならない。
大事なことは接客担当者レベルだけでなく、会社全体で取り組み、方針を明確にすることだ。
「どうして泊めたんだ」と言ったかと思えば、
苦情になって「どうして断ったんだ」とスタッフ個人を責めぬよう、基準をわかるようにすることだ。

ところでこのときの婚礼のお客様。出席者300名程度。衣装代除いて2000万程度。いい物件だった。
ご子息は親父とは全く異なる好青年。ちなみに次男も派手に披露宴を行った。
私のお客様を見る目、これについてははなはだ心もとない。


▲ページの先頭へ戻る