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第八章 後半 :日韓友好の懸け橋

2017年12月27日 水曜日

第八章 後半 :日韓友好の懸け橋
特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~


●そして事故の顛末は
言われた通りに説明しても、相手は納得しない。
何しろペ・ヨンジュン氏のファンなのだから致し方ない。
ペ・ヨンジュン氏はこれだけ多くの方々が自分を待っているのに、姿も見せないなんてできない。
一目お会いしたい。という思いから駐車場に姿を見せた。それがこんな事故につながった。
あの優しい口調でけがを負われた方を気遣い、責任は私にあると語るのだからかなわない。

「ホテルが謝罪しろ」「ヨン様にあんなことさせるなんてひどい」

そんな思いのはけ口がこのニューオータニへの電話となっている。
おもしろい電話が数件あった。女性はシビアだが、男性からのはちとおかしい。
「ぺ・ヨンジュン氏は日韓友好の橋渡しをしている。
それが、こんなことになって、どう思っているんだ。どう責任をとるつもりだ。」(黙って聞いていた)
「妻がどうしても行きたいということでいかせた。それがこんなことになって・・・」

「お怪我されたんですか?」
「いや 」(ガクツ)

「せっかく行かせたのに・・・この無駄になった時間をどうしてくれるんだ」
「そもそもこんな騒ぎになることがおかしい。ホテルもいい迷惑だろう」(感激)

17時ごろ、各局で報道番組が流れていた時が最悪だった。
救急車で搬送されるファンの方々。この件で謝罪する貴公子ペ・ヨンジュン氏。
そんな映像がどこのチャンネルでも流れている。まさに一大社会問題だった。
そんな騒ぎも20時前には少し治まり、総支配人から主だったメンバーに召集がかかった。
私が着いたとき、宴会予約の課長が翌日の披露宴の説明をしていた。
「・・・・もし今日のように駐車場にあれだけ人がいるのだったら、
披露宴は日延べせざるを得ない、とおっしゃっていました」(何のことだ・・・)
私からはその後病院で治療を受けた方2名。一人は肋骨にヒビ、もう一名は打撲。
いずれも病院でかかった治療費はホテル側に領収書を送っていただくよう伝えた、との報告のみだ。
もちろん治療費は後日まとめて主催者側に送る。
ペ・ヨンジュン氏はホテルに迷惑をかけたとキャピタルホテルに宿泊を変更。
一行も準備が整い次第ホテルを後にした。この騒動も3日もすると騒ぎは収まった。
事故発生からこの件に関する苦情、問い合わせは260件、
内アシスタントマネージャーにつないだのは110件程度だった。
コメントの内容は、ホテルに責任がある。謝罪せよ。ホテルも説明責任がある。記者会見しろ。
といったものが一番多く、次いでペ・ヨンジュン氏がかわいそうといったコメントが続く。
その後怪我をしたという申し出はなかったが、
一番の重症はご自宅に帰られてから治療を受けたお客様で、数度の通院をした。
救急車で搬送されたお客様に重度の怪我人なし。
さて、事故当日からどうも釈然としなかった。
『悪いのは誰だ?』を決めることに執心し、
私たちはサービスを生業としていることを軽んじていなかったか?
たしかにファンの方々はホテルに収益をもたらすわけではない。
それでも潜在顧客になる可能性は十分にある。
そもそも「冬のソナタ」のファン層ってどのような方々か認識していたか?
さらに、マスコミへの対応は十分だったのか?
たしかに広報担当のスタッフがマイクを向けられたようだが、
ホテルの対応しだいで取り上げられ方は大きく変わる。その例はいずれ。
事故当日、ミーティング後。宴会票を見ながら

「明日の披露宴、正田家って来るの?」
「お越しになる予定だよ、だから・・・」
 
 

第八章 前半 :日韓友好の懸け橋

2017年12月27日 水曜日

第八章 前半 :日韓友好の懸け橋
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特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
 
●たしかに日韓友好の象徴だった
2000年代に入り、一つのブームが訪れた。
それは「冬のソナタ」という韓国ドラマ。
主演のペ・ヨンジュンは日本でもいきなり大ブームとなった。
以降、韓流スターは次々出てくるが、あれだけの大きなうねりとなり、社会現象となったのはいない。
初来日の平成16年春、空港はファンであふれ、大騒ぎとなる。
警察も警備体制をしっかり整えなければ、事故が起きる可能性があると危惧したのだろう、
イベント会場の警備を強化することに相成る。当然滞在するホテルも同様の体制が敷かれる。
繰り返しドラマは放映され、知名度は上がり続ける。
いやそれは異常ともいえる人気で沸きあがり、
私の家にも「泊まるとき教えてね」と近所の奥さんから言われるような状況だった。
そう、滞在するホテルはホテルニューオータニだった。

二度目の来日は11月の末だった。
一度利用しているから大丈夫という気持ちが所轄の麹町警察署員にもホテルにもあった。
ただ、ファンの数は明らかに初来日の時よりも増え、奥様族中心とはいえ、年齢層も若い方が増えていた。
主催者、警察、ホテルの打ち合わせで、ファンの方々が待機するのは駐車場スペースとし、
ロビーなどホテル利用客の妨げになるところで待機させない。
よって、駐車場は通路とは別にロープを張り、ファンの方々がいるスペースを確保した。

「こんな寒い時期に駐車場、そんなところで待ってるかよ」と、私はうそぶいていたが、
なんのことはない、到着の日数百名ものファンがぺ・ヨンジュン氏の姿見たさに、
この駐車場で待ちわびていたという。
当時、私はアシスタントマネージャーの長。
そして、この駐車場を仕切っていたのが安全管理室室長と宿泊部長。いずれも以前私の上司だった方である。

翌日、すでに駐車場は1000名近いファンで埋まっている。
ファンの方々もペ・ヨンジュン氏と同じ場所の空気を吸っていればいいという感覚なのか、
殺気立っていることはなくホテルのスタッフと穏やかに話している。
だから駐車場に、そんなに多くのファンがいるなんて印象がない。
一度、ロビーで女性客が何人も同じ方向に走っていった。見れば、その先に神田正輝がいる。
ところが、その姿を確認するや否や、女性たちはなんだとばかりに散っていった。
お目当ては神田正輝じゃなかった。
「おい、おい、日本のスターだぞ」改めてペ・ヨンジュン氏の人気を思い知らされる。

正午頃、レストランの苦情の電話を受けている時に、その事故は起きた。
神妙な顔をして、受話器を耳に当てて頭を下げる。
その間にアシスタントマネージャー席の電話がすべて点滅する。
気を取られていると、「おい聞いているのか」の怒声。
まわりから「救急車手配した」「けが人が出た」のメモ。
ようやく苦情の電話から解放され、次の電話をとると、今度はこの件での苦情。
「どういうこと」で始まった苦情。内容はホテルの案内ミスのせいで、怪我人が出た。
ホテルはどう責任をとるつもりか?というご指摘内容。
この時情報全くなし、よって「状況を確認して、ご連絡します」と返答。
しかし「だったらいいわよ」この時の対応力0点。
とにかく情報がなければ、受け答えもできない。

何が起きて、どんな被害があって、どのような対応をしているのか?
現場にいるゲストサービスの支配人に連絡を取り、状況を教えてほしいと伝える。
ほどなく、ヘルプに出ていた客室の支配人が来る。
「向こうが悪いんですよ。いきなり出てくるから」

「何が起きて、今どうなっているか教えてほしいんだ。
なにしろ何も情報がないのに、苦情の相手、説明もできないし、言われるままだ・・・」
と言ってるそばから電話。客室支配人は引き返す。焦っていた。いらだってもいた。
安全管理室室長から電話が入る。
「ファンの目に触れることなく、裏から出発する予定だった本人がいきなり、車で姿を現した。
ホテルはすでに出発したとアナウンスしたものだから、ファンが我さきに車に向かい将棋倒しになった。
救急車で10名搬送。被害者には主催者側がついている。
先方も今回の件は自分たちに非があると認めている。」

「わかりました。そのように説明します。
もし怪我を負ったという申し出があったら、主催者に対応してもらえばいいですね」
「そうしてくれ」

「お客様はホテルが出発したことを確認せずに、もう出発したというデマを流したんだ。
あんなデマを流さなければこんなことに・・・ならなかったって」

少しかみついた。
これだけのファンがいるのに、姿ひとつ見せない対応がいいのか、そんな思いがあんな行動を起こさせたんだろうな。

第七章 後半:お客様とは、ほどよく節度ある付き合いを

2017年12月21日 木曜日

特別連載企画 
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

●ごちそうになった産物
「説明お願いしますね」
「いやですよ、椿さん、当事者じゃないですか?」
「だから、判断、決定権はなし。必然的に、ね。」
宿泊部長の了解を得て、総支配人に説明に上がる。いい顔はしていなかったが、薄々感じてもいたのだろう。
「大丈夫なの?」と懸念をもっていることは現したが、後は何も言わなかった。
とりあえず、他のスタッフには伝えなかった。今回のことで、情報が簡単にもれることは痛感していた。
予約はいつも、宿泊する当日フロントH宛にかかってくる。
おおよその日は部屋の清掃のこともあり、チェックアウトの時に聞いている。
今回、電話がかかってきたら、私のほうに電話を回すことにしている。荷物は相当量の預かりがある。
メンバーに宿泊を断ることを伝えたのは、前日だったか、当日だったか。
「U課長、総支配人には悪いことをしてしまいました。」
「・・・」
「総支配人に面談させろ、って訳の分からないお客様に会って・・・頭下げて・・・」
「申し訳ないって思っているわけ?」
「そりゃそうでしょ、結局 宿泊断るんだから」
「椿さん、それがGMの仕事ですよ。状況を把握していなくたって、お詫びしなきゃいけないし、
何かあったらその場に行って、指揮しなきゃいけないって・・・。
あの人、それわかっているんだろうけど、いやな顔はしていましたね」
そうだろうな。と、宿泊部長から「一枚岩になって対応しましょう」と言われる。
その日6時頃、お客様から電話が入る。私のところに電話がまわったので変な感じは抱いたことだろう。
そして思いもよらず「提供する部屋はない」と言われたのだから、腹も立ったろう。
いままであれだけ利用しているのに、この仕打ちはどういうことだ
「預けている荷物をまとめたいんだ。今日一日でいいから・・・」
「あいにく本日一泊でもご提供できません」
預かっている荷物はビデオ類で無用の長物であることは理解している。
泊まれば、延長、延長となるのは明白だこの後、フロントのHにも電話があったようだ。
断ったら、「ごちそうになるときは、調子のいいことを言うくせに、こんな時には何もしてくれない」
と強く言われたようだ。
結局、ニューオータニの向いにあるホテルに宿泊することになったようだ。
預かっていた荷物はYがお客様と連絡を取り、返却した。 

この件で、思うことはいくつもある。
でも何と言ってもU課長が宿泊部に復帰したことにつきる。
「お前じゃだめだ」と言われても、フォローしてくれる人がいる。
後ろ盾があるということはどれほど心強いことか。

「苦情処理は君のところが担当だね」
「問題が発生したとき、お会いしているんだったらちょうどいい。お詫びに行ってきてくれる」
上司からこんな言葉を言われたことがある。
難しい状況になった、協力がほしい、と望むものに限って、委ねられることがある。
人を変え、場所を変え、というのは苦情処理の一つの手段だがいつでもオレが変わるぞ、という姿勢は本当に心強い。
その気持ちだけで問題はクリアーできるものである。
スタッフがお客様と親しくすることに、とやかく言うつもりはない。
ただ、食事を共にすると、必要以上にそのお客様に「いい話」「甘い話」をしてしまう。
それが、人事のことや教育体制のことにおよび、
「言ってくださいよ」「いっしょに変えましょう」なんて言葉も発しかねない。

まず仕事の話はするな、世間話に努めろ、だ。
そして仕事の話になっても、人の話はするな、自分の人生を語れ、だ。
これは勝手な推測だが、このお客様との食事の席で彼らスタッフは、
「ホテルのランクを上げる、そのためにはスタッフの質を・・・」とか
「上がこんなふうに変わったら」とか人事の希望を口にしたのではないか?
そんな話が盛り上がるから・・・そう考えると、あのお客様も触発され、
いいところ見せようと思いたったような気がしないでもない。
この件があった数日後、あの不気味なお客様がアシスタントマネージャー席にどなりこんできた。
「人が怒鳴ったことなんか報告書に書くな!」「は・・・」
どうやら、昨夜ラウンジで大きな声を出したことが引継ぎに書かれていることを聞いたようだ。
すぐにHが頭を下げに来た。
「お前、何話したんだ。会社で話されていること、報告書なんかでまわっていることを□□さんに話しているだろ!」
「すみません」
「君は、あの人に注意を促すことで、ホテルとうまく付き合ってくださいよ。
ぐらいのつもりで言ったんだろうけど、あっちは、そう思わないよ。
このホテルで狙っているものがあるんだろうし、あまり目立ちたくないって・・・思っているよ。」
「すみませんでした」
Hと入れ替わりでU課長が入ってくる。
「注意したの?」
「ええ、でも、なぜ注意されたのか、わかっていない」「・・・」
「自分が口を滑らしたことで、迷惑をかけたアシマネに悪く思われたくないってとこでしょ」
「そう・・・今度私から言いましょう」
ありがたい、本当に説得力あるからな。
それにしても・・・それにしてもお客様との程よい付き合いが分からないとろくなことがない。

第七章 前半 :お客様とは、ほどよく節度ある付き合いを

2017年12月21日 木曜日

特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
fだ
韓国から来たプレスリー
お客様がこのホテルを気に入ってくれて、「ありがとう、お世話になった」
「快適だった。また利用する」とお礼の言葉を投げかけてくれることがある。
限られた時間しかお客様と接する機会のない現場のスタッフにとって、何よりの励みになるものだ。
まして、再度利用いただき「おなじみ」「顧客」になっていけば、その自信、喜びは計り知れない。

平成15年、急に1週間10日単位で利用する韓国人が現れた、
そのいで立ちは「エルビス・オン・ステージ」のエルビスそのもの。
「サスピシャスマインド」でも流したら腕を回しそうな感じだった。
日本語は100パーセントと言わないまでも、しっかり話す。
出身高校は日比谷高校、それも学校群制度の前というが、年齢から言って合わない。
建築のデザイナーをやっているそうだがビジネスで尋ねてくる人はいないし作業しているとも思えない。
当ホテルにいないときに仕事をしているのだろうか。ところが滞在期間が長くなってきた。
一ヵ月の内2,3日を除いて宿泊するようになっていた。

当時、私はまだゲストサービス課支配人。
宿泊部のミーティングでこのお客様の話題がちらほらでるようになっていた。
「支払いは?」
「ステートメント出すと、きちんと・・・」
「個人?」
「そう」
「予約は誰かの紹介?」
「いや、本人から当日予約」
「今回一ヵ月ぐらいの滞在だけど・・・いいの、長期で?」
「実績から考えて、支払い等問題なし、承認した」

そりゃ認めちゃうよな。でも、部屋に伺うスタッフは必ず話しかけられ、他の要件を依頼される。
しだいに対応できるスタッフも限られてくる。
「椿さん、どうもあのお客さん、フロントやベルのスタッフを誘って飲みに行っているようです」
メインの客室係長からの進言があった。
「ホントー、いいなあ」
「支配人、何言ってんですか・・・」「・・・」
「それで、うちのYもどうやら・・・」「かなりスタッフに入り込んでいるみたいだね」
「ちょっと、聞いていただけますか?」「いいよ、オレも誘えってな・・・」
「・・・」

聞いてみた。フロント、ベル数名のスタッフがそのお客様と懇意にしているようだ。
話をしてみると知識があり、勉強になるとのこと。

「支払いは?」
「結構ごちそうになっている。」
「スタッフの話なんかもするの?」
「少し、あ 支配人のことは悪く言ってないです」(当たり前だ)

どうやら売り上げにもなるし、これだけ利用している顧客だから、
機嫌を損ねないように対応しているというのは容易に察しがつく。売り上げに貢献している。そう自負している。
 
そして騒ぎ出した
翌年、私はホスピタリティリレーションズに異動。
このお客様はすっかりホテルの顧客になっている。
宿泊は2,3か月単位で利用、フロントのH係長扱い。目に映る姿は相変わらず、プレスリーだ。
ロビーでも異様だ。場違いだ。当ホテルを利用しだして一年あまり経過した11月。
ちょっとしたことから、このお客様が騒ぎ出す。
客室のスタッフが客室の清掃の有無を尋ねた。本人は依頼したつもり。
スタッフは不要と認識した。日本語の曖昧なやり取りを確認しなかった。
お客様は長期の利用とはいえ韓国の方だ。
部屋に戻ってきて、清掃ができていないのを知り激怒。「責任者を呼べ」係長、部屋に伺いお詫び。
ところが「どっちの言うことを信じる?」の問いかけに「スタッフです」と返答してしまう。
いろいろやり取りはあったろう。でも、これ言っちゃだめだよ。
「ホテルで偉いやつを呼べ」副総支配人代行臨場。
しかし相手は総支配人との面談を希望している。それ以外は頭下げられても納得しない。
ホテルで決定権のある人間に認めてもらいたいのだ。この日はここまで。
この日休みだった私は、翌日副総支配人代行から話を聞く。
「今日も、総支配人に会わせろって言ってきますよ」
「会わせるほどのことか?オレがお詫びしてんだよ」

 どうもホテルの組織のことを耳に入れている気がする。
本当に何か変えるには総支配人に話さなきゃダメって・・・誰かから聞いているんじゃないか。
「今回の件、総支配人に会わせたら、お前ら何やってんだって思われますよね・・・」
「・・・」「でも、サッカーの試合見ていても、韓国ってボール持ったら中央突破しますね」
「するな」「あの人もそんな面、あるような気がするんですよ」
「直進して来るってか」「ええ、目標に向かって・・・」

ご丁寧にこのお客様はフロントに総支配人との面会状を提出する。
正直どうでもいいと思っていた。面倒だというのが偽らざる気持ち。
セッティングしなきゃ、いつまでも威圧してくるだろうし、
会えば自分は特別顧客として総支配人のお墨付きを求めるだろう。
曰く「このホテルが本当に1流のホテルか私が確認する。そのためにお手伝いしたい。
自分は韓国でもホテル開業の準備をしている。」なんて言ってくるんだろうな。

この日、結局フロントのHに乞われ、このお客様とティールームでお会いした。
改めて今回の件で、総支配人は面談するつもりはない。私の方から報告申し上げ、
今後このようなことがないように徹底すると申し上げた。
納得したようなしないような、いずれにしてもこの日はこれで散会となった。

翌日、昼頃にやはり電話が入った。前日の対応では納得していない。
出てくる言葉は「総支配人とはいつ会える?」のフレーズだ。それに対する私の言葉も決まっている。

(お会いする予定はございません。私がうかがいます)エスカレートし、声は大きくなる。
「アンタじゃ役不足だ。」
「会わせないんだったら、俺は腹を切る」(幕末の勤王志士か・・・)「アンタはもういいよ」

この後、電話をかけまくったのだろう?宿泊部長から電話がかかってきた。
「あのお客さんから電話かかってきたようだけど、会議資料作っているんで、よろしく」「・・・」
結局、話をするのは昨日と同じフロントのHと私だ。
フロントの統括支配人も私と同年齢の課長も異動して、相談する人間もいない。

「あそこで腹を切るからな」
「そんな刃物もっているんですか?」
「はさみでも切れるだろ」「痛いですよ」
「・・・駐車場の入口の外で・・・あそこなら営業妨害にならないだろう」
「それでも銃刀法違反か何かにひっかかるんじゃないですか?」

これは説得にならない。
「椿さん」「ん」Hに声をかけられる。
「あれ、本当にやるかもしれないですよ」「そうだな」
「GMに話しましょうよ」「それしかないか・・・だけど、そうなるとそのあと、あの人何を言い出すか?」

会えば、総支配人は頭を下げる。
お客様が要求するのは、料金か、対応か、いやホテルのスタッフと話をしている・・・要求は違うな
どんな話し合いが行われたのか、細かい内容はわからない。
2,30分の話し合いののち、言われたことは、「これからは、お客様とよく話して、しっかり対応して」という言葉であり、
お客様からは「アンタ、ちゃんと総支配人に報告しろよ」の一言だった。
そして、ほどなく、今回の問題のきっかけを作った客室係長は、タワーに移った。
さらに、このお客様は対応に問題があったスタッフを各部署の長を通して呼び出し、顛末書を書かせることになる。
おそらくホテルの質を上げるようにする、とでも売り込んだのだろう。
記入した顛末書は私がチェックして、総支配人へ届けるというルートになっていた。
こんなことがなんら通知もなく、無理強いさせられる。組織として、あまりに脆弱だ。

ホテルの人事の話をひとつ。私がかねてよりお世話になっていたUが宿泊部に復帰した。
旭川北高校を卒業しながら大学に行かず当社に入社。
マネジメントで正月プランを担当、その後リゾートの総支配人を務める。
その知識、理詰めの話、対お客様、スタッフ指導でも部長以上の才覚の持ち主。
ただし私より8歳上、本社での役職課長、つまり今後出世の見込み、ラインに乗ることは無い。
そして総支配人とは合わないと思いこんでいる。

別のお客様の話をひとつ。
黒いスーツを身にまとい、アタシュケースをもつ不気味な連中をよくロビーで見るようになった。
金のためなら何でもするって感じだ。彼らのボスは土地の買収をやっているのか、
いずれにしてもまともじゃないのは一目でわかる。
さほど、宿泊はしていないようだが、ティールームによく顔を出しては、怪しい雰囲気を出している。
韓国のお客様は我が物顔で泊まっている。
顛末書を書かされるスタッフもあきらめか、楽しんでいるのか「わかりました」と嫌な顔ひとつしない。
そんなある日、フロントのベテラン女性スタッフがメッセージを間違えて伝えてしまった。
すぐに大きな声で怒鳴る。
「あんなでかい声じゃなくてもいいだろうが・・・」
「アピールしてるんでしょ」フロントのベテラン係長が平身低頭、一生懸命謝っている。
「椿さん、駄目だ、納得しない」
「どうしろって?」

呼ばれる。それにしてもひどい。もうホテルは自分の言いなり、総支配人のお墨付きだぞと水戸黄門のようになっている。
エルビスの印籠でも用意するか?

「こいつは駄目だ、フロントから異動させろ」(きたきたきた)
「そう思うだろ、お客に迷惑をかける」
「〇〇さん、お怒りはごもっともですが、人事につきましては、ホテル側にお任せいただけませんか・・・」
憤怒の形相、「なんだ、この野郎」と言って席を立つ。
よほど腹が立ったのかボールペンを忘れていったので急いで持っていく。
よく聞き取れなかったが、「なんだ、今頃」とか大声で言っていた。
あまりに怖い声だったので、ロビーにいた幼い子が泣き出す。一体何なの、と周囲の人から私がにらまれる。
アシスタントマネージャー席に戻ると、宿泊部長がいた。
「丁寧にお詫びして、詫び状書けばいいんだよ」(なんじゃそりゃ)。
U課長が近づいてくる。

「しばらく離れているうちにずいぶんうるさいロビーになったね」
「ひどくなったでしょ。これじゃお客様もいなくなりますよ」
二人の考えは一致していた。
こんなふうに異動を言い出し、自分の意に添わなければ、あたりかまわず大声を発する。他のお客様はどう思うか?
この頃、お客様のおしゃべりの相手をしていたのは客室支配人。騒ぎの翌日、その支配人から電話が入った。
「椿さん、時間あります?〇〇さん、呼んでいるんですけど・・・」
(早速、顛末書か?)部屋に伺うと、「おお」という言葉から始まった会話。
時折声は大きくなるが、比較的穏やかだった。
要は「彼女に注意を促すために、ああいう言動に出ただけで、異動云々は権限あるわけじゃない。
あとでアンタと手打ちと思っていたのに・・・女の前でいいカッコしやがって」ということだった。
「そりゃそうですよ、スタッフはみんな客室の一件以来、疑心暗鬼になっていますから」
(通じない、疑心暗鬼が理解できないようだ)それにしても、よくこんなふうに考えてくるものだ。
U課長と状況を確認する。あのお客様と飲食を共にしているのは、
H,Yの他フロントやベルの支配人も、それ以外は若いスタッフ。

「脇が甘いな。」「お客様と食事を共にすることになんとも思っていないんでしょ。」
「要は話す内容だ。ツラ合わせてりゃ、彼がどうの、彼女がどうだって、そんな話になる。」

今度チェックアウトするのは、ゴールデンウィーク前。戻ってくるのは、ゴールデンウィーク明け。
予約はまだ入っていない。
「断るんだったら、この時だね、どうする?」
「これ以上こんな情けない状態を続けられないですよ。」
「でも、総支配人がなあ・・・」
「何かあるんですか?」
「いや、スタッフの教育、頼むって頭下げたらしいよ。」
「そんな密室の話まで・・・ああ、流れますね」

第六章 後半 :自分を伝えること語ることに慣れておこう

2017年12月15日 金曜日

特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

生徒からの自己紹介が終わると私はひとつ、ふたつ尋ねてみる。
学術的なことじゃない。いま、関心のあることや故郷のことだ。
学生たちの出身地は当然、地元群馬が多かったが、隣接する長野、埼玉、新潟さらには山形出身もいた。

「群馬県で誇れるものは?」と尋ねてみるが、これが出てこない。

1、上州は温泉のメッカだろうが・・・上州八湯八湖とかいって、湖や池のそばに温泉がある。
それでなくても、草津、伊香保、水上と名だたる温泉が連なる。けっこう名湯が多いところだ。

2、「食べるもので何かないか?」「山の中だからおいしいもんないし」
日本三大うどんの「水沢うどん」があるだろう。食材としてはこんにゃくにねぎがあるだろうに。
「そうだ、Haradaのラスクがあります。」―たしかにこれはおいしい。

3、講師を始めて2年たった時に「富岡製糸場」が「世界遺産」に認定された。
こりゃ誇りとして言う人間もいるだろう、と思ったが皆無。

地元の時事情報にはアンテナを張っておくこと。
今年、群馬の企業なら、採用試験でなんらかの形式で出題するよ。

自己紹介といっても、自分を授業で語る術を知らない。
この大学で何を学び、どんな職に就きたいか明確にはもっていない。
中には「ブライダル総論が楽しみです」なんて、言ってくれる学生もいたがもちろん社交辞令である。
多くは名前を言い、絞り出すようにどんな職種を考えているかを口にしていた。

「我々は人生の中で、誰でも何度か周囲から注目される主人公になるときがあるね?わかる?」

「・・・入学式とか?」

「誰からも祝福され主人公になる。入学式や卒業式はその人だけじゃないね・・・まず生まれてきた日。
そして人生を全うした日、葬儀のときを含めてね。」

「あとは結婚?」

「そう、誰からも祝福されて・・・休みだって胸張って取れる。
それに、それに我々の記憶にあるのは、この結婚のときしかないんだ。
たしかにお祝い事や何か達成した時もそうだけど、誰でもそうなるわけじゃないね。」

だからこだわりをもつ。だから印象に残る楽しいものにしたい。
我儘になるのはある意味当然だろう。
婚礼という商品を提供する我々はいかにお客様の気持ちに沿うように説明しなければならないか。
婚礼のプランなんかを作るときはカップルの気持ちをグッと引き寄せるものを考えなければならない。

授業は教科書通りに進めるのではなく、2コマはグループに分けて、
婚礼プランを作成することに費やした。
高校を卒業したばかりの学生たちにとって、料金も演出も挙式の流れも理解していない。
単なる遊びじゃないかといえばその通り、ただ婚礼という催事に関し、
やりたいことを追うだけで、何か興味は出てくる。
具体性は欠くものであっても、それでいいと思った。

ディズニーランドでやる。音楽は・・・、新郎とケーキを・・・。
出てくるものは点のものばかりで、連続性や流れがない。
挙式についても、奇抜なワンシーン的なもので、やるべきこと参列者のことは眼中にない。
だからプレゼンテーションにしても、単に遊びの報告みたいになる。

しかし、人前に出て、やりたいことを語ることが真の目的だ。
グループで同じ意見ばかりじゃないだろう。人の意見を聞いて、
それを理解すること、わからなければ問いただすこと。

勢いの強い人に仕切られることも多いだろうが、どのように意見をはすむか?
ブライダルの授業を通して自分の意見をしっかりと言えるようになることが大事だ。
授業の中でこんなものがあってもいいだろう。

「いいですかー、自分が生まれ育った県がどんなところで、どんな名所、名産があるか認識すること。
そして故郷を好きになることだな。自分の自己紹介も同じ、
好きな男性にはいいところを見せようとするだろう」

「自己紹介ってある意味、アピールだと思ってください。
だから、自分の特性、秀でている面、自分がやりたいことは何か、
それを実現するためには何をするか、実際何をしているか…。常日頃から意識して考えてみてください」

私がこの大学で講師をしていたのは4年間で、合計120名ほどの学生と出会った。

オリエンテーションのとき、こんなことばかりしていたから教科書の説明は常に抜けていた。
おかげで教科書を購入した生徒は4年間で0だった。
2年目に教科書を取り扱っている書店から連絡があったが、
その後も同じだったということは、さほど強い意識がなかったのだろう。
考えてみれば、異端であったのかもしれないな。

ただ、この授業を4年間受け持つことにより、
社会人になる彼女たちにひとつでも何か印象に残るものを残せていたらと願う。

第六章 前半 :自分を伝えること語ることに慣れておこう

2017年12月15日 金曜日

特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~ feedback-2990424_960_720

◆自分を伝えること語ることに慣れておこう
いつか教壇にたって、教えるということをしてみたいという気持ちがあった。
大学でも高校でもいい、しかしながら、教員免許を持っているわけでもなく、
経験した仕事も後々、経営学や心理学、語学のように授業科目として「教える」に相応しいものとはかけ離れたものだった。

私は27年あまり勤務したホテルニューオータニを51歳の時に退職した。
退職して4年が経過した冬に、忘れないでいてくれたのか、ニューオータニの人事課長から連絡があった。
内容を聞くと、大学で講師をやってみないかという内容だった。教科はと尋ねると「ブライダル」という。
ブライダルの業務はたしかに経験はあるが、それも12年も前のこと。
当時とはブライダルの傾向も変わっている。その市況も理解していなければ、
今後この業界がどのように展開していくか全くわからない。

高崎駅から上信電鉄に乗り換える。新幹線でいく高崎までの道のりは面白くもなんともないが、
このローカル電車はのんびりしている。
さほどスピードも出さないからS字クランクみたいなカーブを繰り返して進む。
高崎から三つ目の駅名もズバリ「高崎商科大学」。そこが非常勤講師としての勤務地だ。
4年制と2年制の短期大学からなるが、大学名の通り商業の単科大学だ。
私が受け持つのは、短期大学の「ブライダルビジネスコース」の1年生対象「ブライダル総論」。
半年間15回の90分授業が担当科目である。

「ブライダル総論」という授業名の通り、ブライダルの基礎、まさに入口の部分を講義する。
具体的には婚礼の歴史。世界の挙式。挙式の種類。
披露宴の内容などを、「ブライダル総論」という名の教科書に沿って進めていけばいいのだ。
しかし、18や19の女の子が「婿入り」とか「付文」なんかでピンとくるか。
ヒンズー教やイスラム教の婚礼に興味がわくか。

2年後には社会に出る彼女たちに何か印象に残るもの、
ほんの一言でもいい、一つの動きでもいい、そんなものに触れてもらいたいと思った。
それに、この大学は実学を学ぶことを旨とし、謳っている大学である。

私はかねがね学生から就職採用試験を経て社会人になるとき、心がけてもらいたいことがあった。
それは

1、きちんと自己紹介ができること
  名前、出身校はもちろん、自身が興味あるもの、惹かれるものを端的に言えること

2、説明するとき、キーになる言葉をしっかり表すこと
  たとえばプレゼンテーション、感想を述べるとき、自身が伝えたいことを明確に伝えること

3、人の意見をしっかり聞き、まとめていくこと
  人の話をきちんと聞き、それを反映するのは難しい。
  しかし、その言葉を反復したり、発言している人の顔を見ることは、安心感を与えるものである。

こんな意識がある。授業スケジュールだが、15回の講義のうち1回目はオリエンテーションである。
もちろん授業をどのように進めていくか、評価は何を基準にして判断するかを説明するのが主たる目的だが、
私の方は学生たちとざっくばらんに話をしたいという思いもあった。
今後の授業で思ったことを自由に言ってほしいし、
学生たちにとってどんなことが興味あることか知りたいと思っていた。
だからこのオリエンテーションでは、受講する学生に自己紹介をしてもらうのが常だった。

「名前と出身地、それとこの学部で何を学び、将来どんな仕事に就きたいか話してください」

「えーっ、まだわかんない」

そんなレベルだった。

「大丈夫、いま思っていることでいいよ」
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