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第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

2018年1月30日 火曜日

第十一章 後半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


●そして気がつくと
年が明けても、業務で変わることはなかった。
一つ一つの動きがルーズになり、大儀そうに業務に就いていた。
自分自身でも動きが、反応が悪いことを感じていた。
食事は時間が定まっていないとはいえ、三食摂っていた。
2月末だったか、部長から「話がある」と声をかけられた。
「調子はどうだ?」という質問から始まった。
あまりよくない旨返答し、営業は苦手であると伝える。
「異動する前に、営業はどうだって聞いたが、その時は大丈夫と言ってたが?」
やる前から合わないと普通言わない、と思いつつ、自分は物件をさばき、処理するのはいいが、
取ってくるということは苦手だと答える。

 「上司とは合うか?」
日々怒られていると答える。あれは指摘、注意の類じゃないですよね、とは言わなかった。
「各部署はその長が色付けして、特徴が出るものだ。
スタッフはそれにあわせなきゃいけない。合わせられないのなら、その人間が悪いんだ」

「わかりました」

会社、というより料飲営業部の意向は理解した。
特に感情が高ぶることも、そうかとスッキリすることもなかった。
そうだろうな、という認識はあった。このような環境の中で、我々は仕事をしてきた。
スタッフが何人も退職しても、聞き取りなどはするにしろ、基本的には上司の責任は問わない。
こんな話をしたので、正直4月に異動かなと思ったが、なかった。
東横線で会社に向かう。多摩川を渡るときに車両が外れないかと思うことが多くなった。
死ぬという意識はなかったが、消えるという意識がふくらむ。

表情がない、うれしそうだったり、辛そうだったり、そんな喜怒哀楽が表情に出なくなった。
食事は摂っている。しかし満腹感もなければ、空腹を感じることもあまりない。
業務はこなしている。前年、準備をしていなかったら怒鳴られた銀行向け「忘年会の案内」も5月に手配した。
心なしか怒鳴られる回数も減ってきたか?
ただゴールデンウィーク明けから2週間余りで体重は5キロ減っていた。
辞めたいとも異動したいとも、できませんという言葉すら口に出せない。
ただ面倒だから。体調が悪いという自覚はない。

6月課長に呼ばれる。異動の内示だった。

「君は宴会予約のような手配するのは合うけど、
営業のようながむしゃらになってうちでやりませんかってゆうのは駄目だな。」

「・・・はい」

「宴会予約に異動だ、がんばれよ」

「はい」

7月に宴会予約に異動。営業に在籍していたのは1年4か月という期間だった。
その後、多くの人から当時のことを伺った。

人事課に訴えたスタッフがいた。「あのままじゃ椿は駄目になる」と、
人事課長に直訴したのが、当時外務省担当で、儀典官室、各国地域を担当していた先輩。

以前からよく組んでいた。
「あんなに明るかった椿が全く話をしなかったもんな・・・」おそらく、部長が私と面談したのは、
この申し出を受けた人事課長の要請と思われる。
他にも状況を人事スタッフの耳に入れてくれていたスタッフがいたとのこと。
異動先の宴会予約課の課長、筆頭係長は以前在籍していた時からのつながりもあり、
口々に「俺が引っ張ったんだ」と歓迎の意を口にしてくれた。
引っ張って異動するのと、どこか引き取る手を探すのとでは違う。
たしかに、当時の私の評価は最低だったようで、
こんな人間を宴会予約のような部署に異動させていいのかと、上から言われていたようだ。

さてこの時の上司であるが、料飲営業部長までなり、無事定年まで東京に在籍する。
一度飲み会で部下に暴力をふるい、注意されるが、降格等はなかった。
以上のことを踏まえ、部下を持つ立場になった時の自分の思う注意項目を綴る。

自分は常に大丈夫と思うな

どこかに誰か話ができる人間がいること

自分がやらなきゃいけない、と責任感を強くもたないこと

自分の変化に気を付けること・・・口数が少ない、動きが大儀になるなど

変な空想、思いにとらわれるようになったら、医療機関にも

自分はオールマイティじゃないことを自覚すること、あれこれやろうと思うな

一たび歯車が合わなくなると、修復がきかなくなることがある
そんなことを踏まえて考えてみると、この時のことは確かに私に責任があった。
営業という職務にもかかわらず、業務の遂行ができず、部署の意向を十分に理解しなかったことだ。
このスタート地点を誤ると、とんでもない方向に進んでしまう。
詳しくは次章「パワハラについて」で。

第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

2018年1月30日 火曜日

第十一章 前半 :うつ症状は知らない間に忍び寄る

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特別連載企画

~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る


悲惨な時代に営業へ
通勤時間、東横線で多摩川を渡っていた。
前日の雨で水かさは増し、川は土の色に変わっている。
もしこの車両が脱線して、この川に落ちたら・・・などというとんでもない思いが脳裏をかすめる。
40歳になる前年3月に、料飲営業部に異動となった。自分自身が営業に向かないことは認識していた。
厚かましく御用聞きに行くことができない。
用事もないのに足を運ぶのは迷惑じゃないか、などどうもええかっこしいで、体裁ばかり気にする性癖がある。
異動して2か月にも満たない5月、課長が変わった。
以前より、人に怒声を浴びせ、手を挙げることも多く、スタッフが何人も辞めていると耳にしていた。
私も以前より知っていたが、なるべく接点はもちたくないと思っていた。
私のテリトリーは外務省、経済団体、銀行他。
ちょうど山一證券が破たんし、銀行も次々に統合していく時代だった。
ホテルで就任披露や顧客招待など目立つ催事は控え、何事も目立たぬように、そう自粛だった。
当然、売り上げは全く伸びなかったが、
営業マン時代に私のテリトリーを担当していた課長にとって、歯がゆかったのだろう。
異動してきて、1か月もすると、きつく言われるようになっていた。
「参ったな、また言われちゃったよ」当時私もこんな調子で、周囲にもおどけていた。
しかし、これが毎日、1日朝昼晩と3回続くとおかしくなる。
これが人前ではなく、個室で言われていればまだいい。40名以上スタッフがいる事務所で、
「おい、この間話した●●は行ったのか?」
「いえ、まだ行ってません」
「早く行けと言っただろう。なにやってんだ」
「すみません」
「君は上司のいうことを無視してんのか?」
こんな調子でエスカレートする。その結果「ばか」「最低だ」「お前の評価はEだ」
と感情を露わにし、罵倒される。これはボディブローのように効く。
「お前、あいつを心臓麻痺で殺そうとしてんだろ・・・」
「あの人、怒りながら、自分を鼓舞して興奮してんですよ、気にしない方がいいですよ」
普段の自分の様子から、周囲の人間はこんなふうに声をかけてきた。
冗談交じりで言ってくれるのは、私が大丈夫と思っているからなのだろう。
だが返す言葉が出てこない。
何しろ話をすることが難儀だ、人と話している姿を上司に見られたら、と落ち着かない。
だから、何人かで話をしていても、会話に参加することができなかった。
人の言葉に頷くことはできる。反復することはできる。
しかし、話の内容が耳に入ってきても、思考回路には回ってこないのだ。
私自身の意識もその上司だけに向かっていた。つまり配慮する、気を使うのはこの人だけ。
お客様より、誰よりもこの人にだけ注意すればいい、それが自分を守ることだという意識になっていた。
当然、帰るのはこの上司のあと、何もないからと帰ってしまうと、翌日何を言われるかわからない。
営業日報も書き、立ち会う物件もなく、連絡するところもない。
それでも帰れない。周囲のスタッフが帰宅の途につく。
「お先に、椿・・・まだ帰れないの?」
「もう少しだけ・・・」

 こんなことがあった。出張宴会で夜、立ち合いのためその会場に行った。
終了したのが21時だったので、そのまま帰宅した。
翌日、営業日報を提出すると、
「▲▲はどうなってる?」
「どうなってるって・・・見積出して、返答待ちです」
「報告が遅いんだ、どうなっているか逐一報告しろ」
「すみません」
「だいたいお前は何も説明しようとしないだろう。仕事に向かう姿勢は最低だ。〇〇より落ちる。」

〇〇とは同じ営業スタッフだ。ここで引き合いに出されるのもかわいそうだが、
要は「お前は誰よりも劣る」ということを認識させたかったんだろう。
こうなると、何をしていいのかわからない。前々日、前日、今日とそれぞれ注意されることが別だ。
やること、なすことすべては注意される、いや怒られる対象だ。

11月、部長から呼ばれる。迎賓館に国公賓が来る。
宿泊部のスタッフが足りないので、夜間のヘルプをお願いする。とのことだ。
具体的には電話の対応。
「わかりました。課長には?」
「話してある。」

この部長は、宿泊部長に在職の折、サミット開催、
その時宴会予約に在籍していた私を宿泊担当として事務局に迎え入れ、
また営業部長になられた折も、私を営業部に呼んでくれた方だ。
だから「椿のことがお気に入り」「いつも椿がそばにいる」とささやかれていた。
当然部長の依頼もまた断ることができない。
直属の上司、課長からの指示はなかった。
当日朝「本日、迎賓館ヘルプと伺っていますので、4時を回りましたら事務所を離れます」
「ああ、よろしくね」営業の業務を一通り終えてから、別の仕事に就くのだから体力的にはきつかった。
しかし、この事務所から離れることができる。
あの課長のことを気にしないで済む。それだけで気持ちは楽だった。
今日は迎賓館泊りだから、明日は早く帰れるかな、と思うと珍しく足取りも軽かった。
迎賓館のスタッフに気を使っていただき、少し仮眠時間も長くいただいた。
9時からの営業の業務に間に合うよう8時には戻っていた。
「椿君」
「はい」(今日は早く帰れってことかな)
「○○は行ってきたのか」
「いえ、まだ行ってません」
「行ってくれって言っただろ、どうしていかないんだ?」
「・・・(それよりかけていただく言葉はないのか)」
朝からさんざん言われ、いつも通りの業務が始まった。
私が夜間迎賓館で勤務したことは、部長が決めたこと。
自分にとっては知らぬ存ぜぬことだ、椿には通常通りの営業の業務に就いてもらう。
そういうことなんだろうな。今日も夜までの勤務になることを認識した。そう思うと「疲れた」

このころ長女はまだ幼稚園に通っていた。
クリスマスが楽しく、どれほど心待ちにしているものだったか。
そして、我々親はそんな子供の姿が何よりの安らぎであり、
息抜きになるものであり、がんばろうという活力となるのだ。

この年、クリスマス直前の土曜日、義理の父から鉄鋼連盟会員向けの「クリスマスパーティー券」をいただいた。
私はこの日も銀行の忘年会に立ち会ってから、その会場に行った。
娘はそれほどはしゃいではいなかった。
ぬいぐるみが姿を見せると、すぐにでも近づいていくのに、この日は少しかしこまっているようだ。
考えてみれば、ここしばらく娘の相手をしていない。
家のことをあまり考えることなく、時間を費やしてしまっていた。
手をつなぎながら、改めてしっかりしなきゃいけないと思っていた

第十章 後半 :人それぞれに価値観あり

2018年1月22日 月曜日

第十章 後半 :人それぞれに価値観あり

特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
 
●金は自宅で払う。だから取りに来い
秋の陽気が気持ちいい時期になっていた。
眠そうな顔をして出勤すると、夜勤明けのアシスタントマネージャーが待ってましたとばかり引継ぎに来る。
「じゃー支払わないで帰っちゃったんだ」
「そうなんです。納得できないって・・・」
「それと支払うのと別だと思うけどな・・・」
内容はこうだ。
ガーデンレストトランで食事を摂った高齢の男女。(どうやら籍は入れていないらしい)
食事あとで気持ちよくなったのか、駐車場のベンチで膝枕してもらい休んでいた。
そこに館内巡回中の警備のスタッフが通りかかる。
こんなところまでよく巡回しているなと感心するが、警備会社の強面のスタッフだから言葉を知らない。
作務衣のような服を着ているこの男性を不審者のように扱った。

「なんだ」ということになる。自分はこのホテルに宿泊している。ルームキーだってある。
少し飲みすぎて、酔い覚ましにベンチを利用しちゃいけないのか?
そんな問答もあり、アシスタントマネージャーの席にやってくる。
お客様の申し出に警備のスタッフもアシスタントマネージャーもその対応を詫びるばかりだったが、
お客様は納得しない。酔った勢いもあったろう。理解してくれないというもどかしさもあったろう。

怒りの矛先はいつしか、人の話を真摯に聞かないアシスタントマネージャーに移っていた。
「なんでオレが怒っているか、解るか?言ってみろ」
「・・・」
その晩、お客様は高ぶってなかなか眠りにつけなかったようだ。
翌朝「納得できないから、今日は払っていかない。
私の家に来た時に支払うから、いつでもいいから連絡をくれ。交通費も含めて支払うから」と、
言い残してチェックアウトしていった。
アシスタントマネージャー席にはルームキーと連絡先を残して・・・
「お願いしてよろしいですか?」
「よろしいも何も、そのつもりだろ、で、お連れの方は?」
「何も言わないで、ただ聞いているだけなんです」
「名古屋で商売しているんだ。結構年齢違うようだけど」

男性がどのような人物で何をやっているのか見当がつかない。少なからず不安もある。
対応が悪かったのだから、今回の宿泊代は考えろということか?
そんな私の気持ちを察したかのようにもう一人の夜勤明けマネージャーが
「大丈夫ですよ、私もお会いしましたけど、普通に払いますよ。
なんて言うんだろう、作務衣着て・・・陶芸か何かやっているんじゃないですかね。
引くに引けなくなったって感じですよ。」
いつもクールでブレがない先輩社員。人呼んで「Mr アシマネ」冷静だ。
名古屋にある営業所の所長とともに行くことにする。
お客様に電話を入れたら、「いやー、悪いね、わざわざ来てもらうなんて」と、
本当に苦情申し立てをしたお客様なのか、なぜ家まで来いということなのか?

「名古屋駅の新幹線の改札口に運転手を行かせますので、その車に・・・」
お詫びに行くのに、車でお迎え?なんか変だなと思いつつ、営業所所長と会う。
やはり不安に思うらしく

「ヤクザとか変なお客さんじゃないでしょうね」
「う~ん、自分もそんな気もしたけど、ヤクザならこんな因縁付けないでしょ」
名古屋から車で1時間近くかかったろうか?山の中で犬と戯れて生活していた。
途中白い桜が咲いていた。「春と秋、二度花を咲かせるんですよ」そう運転手は話していた。
どうも高山方面に進んでいるようだったが、くわしくはわからない。
到着すると「いやーわざわざ」と言い、大きく深呼吸する。

「水がいいんでね、それで住むことに決めました」本人は胃癌を患い、切除。
だからおいしいものを食べて胃を満たすことはできない。
あの晩、久しぶりに食欲もあり、飲んで、食べた。だけど、その分胃を休めなければならなかった。
「酒なんかのまなきゃいいのにね。でも飲むと、横になることにしているんだ」
「・・・」
「そうしないと、胃がやられる。あの晩は気持ちいい夜だったんだ」
そう、あの晩、私たちは夢見心地の気分を壊してしまったのだ。
これがホテルのルールですと印籠を見せるようにして。
ホテルに泊まるにふさわしい服装があるだろう、休むならベンチではないところで・・・それが一般的です。
では一般的とは何だろう。
交通費は結構です。と言ったが、今回は「私の意に沿って、無理に来てもらった」と
「ただし、一番安い運賃で計算したけど・・・」という金額をいただいた。
さて、私たちは会社の規定に沿い、今までの慣例に沿って物事を判断し、対応する。
多くの場合それで間違いはないだろう。だが、時としてそれは相手の意向を考えない一方向のものであったりもする。

お客様のこだわりを考えているか?

お客様の希望を考えているか?

お客様の秘めた思いは考えてみたか?

お客様の触れてほしくないものは何か?
お客様の・・・お客様の・・・
そう考えると、単純にこうしたら喜んでもらえる、こうしたら納得してもらえる。
と、思うこと自体がおこがましい。
こうしたら喜ぶではなく、したことで喜んでもらったということに過ぎない。

帰りも名古屋まで送ってもらう。
「営業に行きたくても、これだけ遠くて道もわからないと・・・」所長がぼやいた。
私は「虎屋」のういろうを買ったが、賞味期限が短いので、家で食べた。

第十章 前半 :人それぞれに価値観あり

2018年1月22日 月曜日

第十章 前半 :人それぞれに価値観あり
特別連載企画
 
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る
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●気を遣うのは余計なこと?
これは私がフロント時代の話、まだ20世紀1995年だったかな。
当時、フロントの業務もろくに知らないで、日勤の責任者をやっていた。
秋の気配が感じられる時期。
タワーフロントの責任者から連絡が入る「すみません、苦情になっちゃいまして・・・」
タワーフロントに寄る。「どうした?」責任者に尋ねる。
内容は――

お客様は車いす利用者。ただし生まれつきではなく、交通事故に遭い車いす生活を余儀なくされた。
本人は仕事もしっかりこなし、自ら車も運転する。
だから必要以上に気を使われることをあまり好まない。

タワーフロントの責任者はクラブの会員でもあるこのお客様に、さしたる深い意図もなくこう申し上げた。
「本日はお広めのお部屋をご用意いたしましたが、いかがいたしましょうか?」
お部屋はハンディキャップのお客様が利用しやすいように、手すり等を設えたお部屋。
お試しになってはどうかと提案したのだった。
決して強要したものではなかったが、お客様はキレた。
ふたりで説明方々お詫びした。「もういい」「わかった」と言いつつ、納得した様子ではなかった。
窓の外に目をやりながら「この部屋から見える景色が好きなんだ」と、言った。
夕暮れ時の新宿高層ビル街、手前に広がる迎賓館。
お客様にとって、広く、便利ないかなる部屋よりもこの角度の部屋が安らぎを感じるのだろう。

後日、そのお客様から「会員を辞する」という連絡があった。
スタッフからその話を聞くと、すぐにお客様に電話をした。
電話があるのを予期していたのか、お客様は淡々とご自身の意思を、そしてそれが変わらぬことを語っていた。

お客様が住んでいるところは新興住宅街、同じような一戸建ての家が建て並ぶところにある。
しかも暗闇の中、表札も住所の表示も見えない。
ここで迷子かよ、と改めてお客様に電話をする。
これだからお会いした時は・・・互いに笑った。

「身体がこうなったからといって、あれこれ気を使ってほしくないんだ」
「・・・」
「人の力を借りることなく、自分のことは自分で・・・」
(それに対して、ホテルの設備は障害者への対応ができていない。
化粧室、エレベーター、いや、レストランも客室も障害者には不便だ)

「この人もこんな身体になる前は、こんなに口うるさくはなかったんですけど」
「うるさい、おまえは黙っていなさい」
さすがに身体のことに触れられると、心中は穏やかならざるものがあるのだろう

「わざわざお越しいただいているんだし・・・会員辞めるなんて、取り消しになったら?」
「いや、これはオレの気持ちの問題なんだ。許す、許さない、ってことじゃないんだ」
「わかります。私も・・・けっして会員をお辞めになることを引き止めにうかがったわけではないんです」
「・・・」
「私共の対応でかけているもの、どのようにしたらご満足いただけるものか?それを伺いたく、本日伺ったしだいです」
「・・・」
「お辞めになりたい気持ちが強いようでしたら・・・それは致し方ないことと存じます。
ただ、ただ、もし・・・新宿の高層ビル街をご覧になりたくなったら、ご連絡いただけませんか?」

「・・・うまいこと、うまいこと言う」
それだけ言い、その場を辞した。あたりはすっかり夜のとばりが深くなっていた。
後日、そのお客様から予約センターに電話があった。会員を脱会することは取りやめたという。
時を隔てず、私は異動することになる。
そのお客様とお目にかかることもないが、あの時、苦情となったタワーフロントの責任者が窓口になった。
我々がよかれと思って行うことが、必ずしもお客様の満足を得られるものでもない。
「こうしてあげた」「喜んでくれるはず」というサービスを誇示することはけっしてサービスではない。
ハンディをもつ方への対応はユニバーサルデザインとして、認識されるものとなった。
そしてニューオータニでもその後取組みが進んでいった。


第九章 後半 :暴力団のお祝い事

2018年1月10日 水曜日

第九章 後半 :暴力団のお祝い事
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~

●話のネタ・・・でも笑えない
結局、この宴会については私が暴力団ということに気づかずに受注してしまった、
ということで安全管理室の記録に残っている。

顧客担当課長から「知らない」と返答されたときは、そうだろうな、と思いつつも
何かフォローしてくれてもいいだろうとも思った。
しかし、課長の受け答えは至極当然のものだろう。私が同じ立場だったらどうだろう。
情にほだされて「ああ、知っているよ。国会議員の□□先生の紹介だよ」と、警察の人間に話したらどうなるか?
これは勝手な推測だが、その国会議員の先生にしても、暴力団の幹部から直接依頼を受けたわけではあるまい。
第3者を通じて依頼があったのだろう。
それにしても、学校名、病院名での参事、理事といった名刺には気をつけなければいけない。
そこでしっかり勤務している人はともかく、常勤でない人は、何をやっているのかわからない。
ちなみに、このときのことは、よく話のネタにさせていただいている。
すなわち「病院の方だから出るって聞いて、てっきり退院と思ったわけよ。
それで『お出になるんですね』って聞いて・・・まちがっていないよね、相手はうなずくわけだ。
出てきたのは間違いないけど、刑務所だもんね。」一応受けるが、硬い人間には冷たい視線を浴びる。
もう一件。この件以来結構慎重になった。そんなわけで
「椿さん、婚礼のご相談いいですか?」「いいよ」(あっさりと)
「どちら?」「あちらのお客様です」「あちらって・・・」示されたお客様は男二人。
それも高齢の方だ。

なんとなく、あの暴力団のお客様と雰囲気が似ている。
一人は目つきギョロっとピエール瀧風。もう一人は痩せて心を見透かされるような感じだ。
この二人が親か、でもちょっと違う感じだ。
「おめでとうございます」と名刺を交換すると、埼玉県K市の不動産業者社長とK市の市長だった。

人を見る目なんてこんなものだ。社長は指にきらびやかな指輪をいくつもはめており、声はでかい。
どう考えても披露宴の相談に来たとは思えない感じだったが、ご子息、長男の披露宴の相談だった。
披露宴と言っても、当時よくあったご自身の会社のお得意様をお招きしての披露パーティーというものだ。

「来てくれるお客さんに、退屈な想いさせるわけにはいかないからな」と、あれこれ出し物を組み込んでくる。
「何時間もかけて食事というわけにもいきませんし・・・」
「どんどん飲ませりゃいいだろう」挙句の果てに、
個人的な知己のある「小松みどり」のショータイムを設けるに至った。

おかげで当日「小松みどりショーは何時からあるの?」なんて問い合わせまであった。脱線してしまった。
よくこういった接客の業務をやっていれば、怪しい客かそうでないか気づくものだ、と言われる。
でもそう簡単に判断できるものではない。
人間の思考回路というのは、思い込みとか予備知識で占められることがある。
だから、上司の紹介、知人がいる、ということでこれは大丈夫と思い込んでしまう。
まして交換した名刺がしっかりとしたところであれば、疑うこともなく、受注してしまう。
もし、暴力団等好ましくない物件は受注しないことという緘口令が敷かれ、
ペナルティーが科せられたら、怪しいと思ったものは無理しないに限る。
その判断基準は坊主頭、ひげ、細面に吊り上がった目、要は人相によって感じる勘だ。
だが勘に頼りすぎると、いい客を逃したり、苦情を招くこともある。

暴力団排除条例の広がりにより、ホテルなどの施設を暴力団が利用することは少なくなった。
それでも、似非同和や言葉尻をとらえては言いがかりを言ってくる人たちは存在する。
執拗に電話をしてきたり、声色を変えて、巧みに金品を要求してくる。
「わかりました」と言って、収めるのは楽だが、それで済まない。甘い判断は後々まで禍根を招く。
利用規定、約款などに明記し、対応は複数名。きちんと断るようにしなければならない。
大事なことは接客担当者レベルだけでなく、会社全体で取り組み、方針を明確にすることだ。
「どうして泊めたんだ」と言ったかと思えば、
苦情になって「どうして断ったんだ」とスタッフ個人を責めぬよう、基準をわかるようにすることだ。

ところでこのときの婚礼のお客様。出席者300名程度。衣装代除いて2000万程度。いい物件だった。
ご子息は親父とは全く異なる好青年。ちなみに次男も派手に披露宴を行った。
私のお客様を見る目、これについてははなはだ心もとない。


第九章 前半 :暴力団のお祝い事

2018年1月10日 水曜日

第九章 前半 :暴力団のお祝い事 
 
特別連載企画
~ クレーム対応のベテラン、椿氏が語る ~
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かつて暴力団にとって、ホテルは恰好のたまり場だった。
ティールームで、それらしい人がいると、一般のお客様は近づきたくないし、
笑顔で話していた人たちも口を閉ざしたりする。店舗全体が異様な緊張感に包まれる感じだ。
2004年、暴力団排除条例が施行、全国各地に「暴力団排斥」のポスターが目に入るようになってくる。
あれは、その一時代前のことである。
私はやくざのお祝い事、それも組長の出所祝いという宴会を受注したのである。
今でも、安全管理室のスタッフと会うと「しっかり残っているよ、担当:椿って」
「燦然と輝いているか」実は宴会予約ではいい例に名前が上がらない。
何しろ、「披露宴やりなおし」「招待状配布」など、
普通考えられないことをやっているから、ここでは大きなことは言えない。
●実は出所祝いというお祝い事でした
「椿、悪いけど顧客担当の○○課長紹介のお客さんがこれから来るんだけど・・・
婚礼のお客さん来ることになってさ。悪いんだけど、出てくれる。」

「いいですよ」(あっさり)
聞けば、国会議員の先生の紹介だという。粗相がないように、希望に合わせて対応するようにとのことだ。
ところが、実際に来館された男性二人は何とも怪しい。
一人はあのノンフィクション作家 佐藤優氏に似た丸顔に鋭い眼光。もう一人は細面の天津敏タイプ。
出された名刺は赤坂の病院の参事。

会合の趣旨を尋ねる。「お祝い事」とのこと。
医療関係だから、何か表彰されることか、患者の退院だろうと推測。
どちらにも合う言葉だろうと「お出になるんですね」と尋ねると二人は顔を見合わせ「そうだよ」と答える。
まさに「出る」ことのお祝いだった。内容はこんな感じだ。人数30名程度。一人2万円程度。
お支払いは飲み物のこともあるので当日でも、後日でも大丈夫ですということで打ち合わせを終えた。
「食事数の確認をしたいので、前日にご名刺宛にお電話させていただいても・・・」
「いいよ」

顧客担当の○○課長に報告。
「よろしく頼むよ」と一言。

前日。所轄の麹町警察の方が安全管理室のスタッフといらっしゃる。
最初は気にも止めていなかったが、指定暴力団住●会組長の出所祝いと耳にして、ちょっと気になる。
「椿、この宴会は、どんな感じ?」
「〇〇課長からご紹介いただいた物件で、赤坂の▲▲クリニックの参事の方が申し込みにいらっしゃいました・・・」
あえて怪しい感じだった。ということは言わなかった。
紹介いただいている宴会であるし、直前にゴタゴタするのも嫌だった。

当日。夕方、玄関が騒々しい。ドアマンから電話がかかってきた。
私が受注した物件がどうやら暴力団のお祝い事らしい。
玄関に出ると「ありゃ、大物だ。ほらあちこちに子分がいるし・・・」あちこちから呼ばれる。
この期に及んで、何ができるわけじゃない。現場の担当者に頭下げて、警察と安全管理室の指示に従うだけだ。
宴会場に行くと、現場の担当者が「静かにしているよ、子分もこないしね」と、耳打ちしてくれる。
意外とケロッとしている。「あっ」廊下の先を目にして、思わず声を出した。
安全管理室の先導で、麹町警察の方がお見えになる。空いている会場に入り、質問される。
「どういういきさつで予約入ってきたの?」ありのままを話す。
「会って、おかしいと思わなかった?」「様子が一般の方とは違うとは思いましたが、
上のご紹介もいただいていましたし、名刺も問題ないと思ったので・・・」
顧客担当課長に確認に行ったようだ。
「知らないそうです。」(そうだろうな)
「・・・」
「宴会はいかがいたしますか」
「正式に申し込んでいるものだから、やってもらおう。
ただ・・・途中でくぎを刺しておきたいんで、担当の人を呼んでください」
「わかりました」
さすがに声をかけて、外に警察の人がいることに気が付いたときは、ムカッとしたようだった。
しかし、意外に紳士的だった。
警察側は一般の方、それにホテル側に迷惑をかけないようにと繰り返し、以下の注意事項を確認した。
終了したら、速やかに帰路につくこと
今後ホテルニューオータニを利用しないこと
他の組員も残らないように
今日の分の支払いは・・・と言ったとき、「用意してきたよ」とぶっきらぼうに返答される。
慌てて「明細書、お持ちします」と伝える。ホッとしていた。
この日支払っていただかないと、後々煩わしくなることも考えられる。
宴会、というか食事会は、はたから見たら何の変哲もない静かな食事会だった。
ただ普通の人の席じゃない、ということは誰でも気が付くものだった。

事務所に戻っても、あれこれ言われることはなかった。
「お疲れ様」というねぎらいの言葉がやたらと心に響く。
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