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「言葉の階(きざはし)」第十五章:勘違いは残像から

2018年9月3日 月曜日

「言葉の階(きざはし)」第十五章:勘違いは残像から
特別連載企画 第十五章 ~ 勘違いは残像から ~

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以前も書いたが、私は思い込みや勘違いをすることが多い。
それらの多くはちょっとした記憶が脳裏にあって、
それが身の回りの出来事に結び付いて「そういうこと」と思い込んでしまうのだ。
2,3年前のことである。川崎の老人ホームで入居者が職員に建物から突き落とされるという事件が続いた。
当時、母に老人ホームを勧めていたので、こうした記事を目にし、耳にすると思わず、顔をしかめてしまう。
そんな折、姉から「ユウリョウ老人ホームで探しているんだけど・・・」と声をかけられた。
「ユウリョウならいいんじゃない」「いいって?」
この時、姉は「有料老人ホーム」を描いていたが、私は事件のあったホームのことが頭にあり、
「優良老人ホーム」という文字が頭に並んでいた。
話はかみ合わなかったが「じゃー、ちょっと探してみる」
姉は会話についてはあまり詮索することはなく、本題に邁進していた。
母がお世話になるホームが決まったとき、「これで時効成立」とばかり、
「ユウリョウ」という言葉をとらえ違えていたことを話した。「何、それ」と姉。誰だって、そう思うよな。
ところで、家で利用する電話が固定電話だった頃、
受ける時でも、かける時でも先入観や勘違いをしていると実感することがあった。
電話に出たとき、自分の父や母に間違われた経験ってないだろうか?
「はい、椿です」
「あ、椿さん」
{違うともいえないので}「そうですが・・・」
「〇〇だけど」と言われ一方的に話される。
明らかに父宛の電話だが、男である自分が受話器を取ったために、父と思い込んでいる。
ちょっとしたきっかけがあれば、「あのー息子ですが・・・」ともいえるが、なかなか口を挟めない。
父と私では年齢差もあるし、父には訛りもある。
間違えるものかな、と不思議に思いつつ、結局私が息子であることを認識するまでに結構話をさせてしまった。
もっと早く気づいてよ、と私は思うが、
電話をかけてきた相手は「本人じゃないのなら、そう言ってくれればいいのに」と思ったことだろう。

こんなことがあったので、自分は間違えるはずはないよな、と思ったものである。
なんで間違えるのかわからない。と根拠のない自負をしていた。
さほど日を経ることもなく、友人の自宅に電話をかけた。一声で本人と確信した。
ところが何かよそよそしい。思わず「どうしたの?」と言いたくなったが、言わないでよかった。
友人の父親だった。やっぱり親子って話す癖が似るよな・・・いいわけである。
電話や会話の中で出てくる言葉というのは、その言葉の内容、実像を理解しないまま、相手と話すことがある。
そういえばこんな件があったな、とちらっと耳にした話で思い込んでしまったり、先走ったりしてしまう。
たまにこうゆう思い込みの強い人間は「オレオレ詐欺」にひっかかるのではないかと思ってしまう。
何しろこういうものだという思い込みを触発されたら、間違いなく信じてしまう。
それほど、感化されやすいものだ。
 
 

「言葉の階(きざはし)」第十四章:残り醤油

2018年8月23日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第十四章:残り醤油
 特別連載企画 第十四章 ~ 残り醤油 
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学生時代の友人と月に一度、盃を酌み交わす。
以前はしっかり酔ったなと認識するまで飲んだが、最近は嗜む程度で十分だ、
もっとも病気のせいで、酔っても酔わなくても身体は硬直してしまい、動作がコマ送りのようになる。
「大丈夫ですか?」と店員さんから心配されることもしばしばだ。
ところで、飲みに行くとバカの一つ覚えみたいに、「刺身」を注文してしまう。
私はあまり醤油をつけないのだが、小皿に注がれた醤油が気になってしまう。
要は食し終わったとき、きれいに使い切ってればいいのだが、これが駄目である。
「大根をいっぱい食べればいいだろう」と言われるが、あくまで自然に食べることにこだわる。
そして食べ終わったら醤油もきれいになっていた、というものでないとしっくりこない。
こんなことが気になるなんて、よほど神経質、潔癖症かと思うが、少し違うようだ。
いつからこんな性分が身についたのか、と思うが、親は事細かく、注意するようなことはなかった。
ただ、小皿に醤油を注ぐとき、少な目にしているのは祖母の影響だろう。
祖母は、しかし小皿の醤油が残り僅かになっても、改めて付け足すことはしなかった。
それで寿司や刺身をおいしく食したかはわからない。
ちなみに私も、寿司があと数カン残っているのに、
小皿には「かつてあった」という感じで醤油の跡が残るだけになってしまったことがある。
都内のいい寿司屋だとわさびもうっすらと上品についていることもあるが、
家の近くの寿司屋だと「こりゃ毒消しか」と思うほど、しっかりついていることも多い。
口に入れ、舌にのせたとたんに蒸気機関車のようになってしまった。
私の家の人間は総じて、この醤油の使い方がきれいだった。
食事が終わる頃、小皿の方も綺麗になっていた。
だから比べられるのも嫌で、静かに洗い場にもって行ったり、他の器にまとめたりしていた。

事、醤油に限らず、私はちょっとしたことに気になることが多いのに、その先どうするかということに頭が働かない。
自分の部屋に入れるものを購入した。たとえばハンガーラックを購入したはいいが、吊るすところがない。
予備のパジャマを買ったが押入れはいっぱいだ。必要なのに、今どこに置いておくか考えていない。
整理すればなんとかなるだろうに、億劫だ、面倒くさいと思ってしまう。
まだ、こういった残せるものならいいが、食品のようなものも同じ思考回路に繋がるから駄目だ。
小腹すいたとき、ちょっと口潤したいとき・・・
そんなときのためと食料品を買い求めるが、うまくフィットすることは・・・まずない。
いつまでも残っていたり、なんでこんなもん買ったんだ、と思うのが常だ。

モノを買い求める加減がわからないように、小皿に注ぐ醤油の加減がなかなか合わない。

「言葉の階(きざはし)」第十三章:コバエがやってきた

2018年8月15日 水曜日

「言葉の階(きざはし)」第十三章:コバエがやってきた

特別連載企画 第十三章 ~ コバエがやってきた
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梅雨時は湿気が多いから、食物の扱いに気を付けなければならない。
この間は大丈夫だったからと、封を開けたものをそのままにしておくと、臭いを発したり、黒ずんできたりする。
それに合わせるがごとくコバエがやたら目に付く。
コバエが活動の中心にしているのは、やはり台所、キッチンだ。
私はといえば、その日の食べ物の廃棄分を三角コーナーのごみ袋に集める。
すると、翌朝その周辺はコバエが数匹飛んでいる。
コバエを駆除するには、殺虫剤を噴霧すればいいと思うが、ドラッグストアーで用意されているのは、
ゴキブリホイホイのような呼び込み式のものだ。水に浸したスポンジをケースに入れるだけのものだが、
最初に使用したとき、結構捕獲したので、「こりゃいい」と愛用者になった。
ところが、以降成果は上がらない。相手も知恵をつけたんじゃないかと思ってしまう。
今日の成果はいかばかりか、と確認しても全然入っていない。その現実のせいか、
それにしても厚かましい。と必要以上に思ってしまう。先日もビール傍らに食事を摂っていたら、
なんとこのビールグラスになじんでいる。挙句の果てに滑ったのか(だったら飛べよ)、
なんと注いであるビールに浴しているではないか。まるで「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉のおやじのような雰囲気だ。
しかも間違いなく大きくなっている。
ハエや蚊を好んで食する鳥がいるように、このコバエを餌にしている生き物がいるのだろう。
生き物の生態系はそんな仕組みの中でなりたっている。
が、どんな生き物が食するのかわからないから、なんとなく不安だ。
気が付くとゴキブリや蚊、蜘蛛の類が室内にいることもよくあることだ。以前からいたのかもしれないが、
食べるものがいるから、住みついているのは事実だ。これはコバエがいるせいかなんて思ったりする。
たまにゴキブリが出てくると、ネズミが好物にしているので、ビクビクしながら暮らすことになる。
ところで、コバエであるが、耳元で飛行している時など、本当に煩わしい。
「え、蚊じゃないか・・・」と思うほど、人のそばを平気で飛び回る。
我々が食物に対して、これは食べたくないからと無駄にしたり、
賞味期限切れだからと廃棄したりといった行動の影響もあるのだろう。
こういった虫が増えていることを認識する。それだけではない。
ペットの廃棄、ごみ回収日の遵守など、さまざまな要因で、生態系、食物連鎖は乱れる。
「枕草子」内「にくきもの」の段に

眠たしと思ひて臥したるに、蚊の細声に わびし気に名のりて顔のほど飛びありく。
羽声さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ
とある。「憎い」と表しながら、どこか季節の流れを感じさせる。
そういえば、昔は涼しさが訪れると、除虫香をたかなかったと聞く。
確かに蚊取り線香を目にすると、殺生するというより、虫を避けるという気がする。
昔は除虫香と呼んでいたものが殺虫剤と呼ばれるようになったが、今日のイメージとは少し違う感じだ。
とはいっても、私の部屋にも殺虫剤がしっかりある。

「言葉の階(きざはし)」第十二章:スポーツ界のいやな雰囲気2

2018年8月9日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第十二章:スポーツ界のいやな雰囲気2

特別連載企画 第十二回

~ スポーツ界のいやな雰囲気 2

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私はスポーツでも勝負に執着している姿を見ると、ある種の畏怖を感じる人間である。
遊びでやっているうちはいい。さほど強くないクラブで身体を鍛える程度ならいい。
しかし、期待が高まれば勝敗にこだわるようになる。
さらに、それが学生対抗となり、県対抗となると様相は変わる。
ましてや国際対抗となると、国の威信などという言葉がちらつく。
オリンピックは金メダルをとれば歓喜がわき、勝者を讃えるが、他国を排斥するある種のナショナリズムを感じる。
そして期待していた選手が芳しい成績を残さないと、非難の目にさらされる。
これは国ならずとも自分が住んでいる都道府県、通っている学校、その地区ということで、その傾向は顕著になる。
たとえば、夏の高校野球。
各都道府県から予選を勝ち抜いた高校が出てくるものだから、否が応でも郷土愛に火が付く。
それが高じるとミスをした選手への誹謗中傷となり、選手を追い込んでいくこともある。
あの簑島―星稜の延長18回のゲーム。今でも甲子園史上最高の試合といわれる1979年の一戦。
しかしその評価とは別にリードを奪い、あと一人というところで
ファウルボールをキャッチできなかった星稜高校の一塁手は、帰郷ののちしばらく外に出なかったという。
それほど世間の目は怖い。
また、星稜 松井選手をすべての打席、敬遠した明徳義塾に対し、あの時マスコミはこぞって叩いた。
指示した馬淵監督はもう辞めるだろうと思ったが、続行。今日では「高知高校球界の名監督」と評価されている。
一方、敬遠した投手はその後東都大学連盟に加盟する大学に進学。
ただし投手ではなく、外野手として登録されていた。あのとき、監督は「勝ってなんぼのもの」と勝利を優先した。
勝利を手にし、甲子園での勝ち星から名将と言われるが、敬遠した投手の想いはいかばかりのものか?
学生スポーツの判断は難しい。今回、日大アメフト部もごく普通のこととして、判断を下し、実行させた。
そしてこんな騒ぎになるなんて、思ってもいなかった。
恐ろしいことだが、この程度のことなら、過去にも結構あったという認識だ。
さて、自分が根をつめていることは、往々にして「事」が見えてこないものかもしれない。
日本は戦時中、日華事変から太平洋戦争に突入した折、
さまざまなメディアを通して、国威高揚を国民に植え付けようとした。戦争映画を作り、絶え間なく上映。
スクリーンに映し出されるニュースまで「欲しがりません、勝つまでは」と訴える。
お芝居も軍事色に包まれる。情報として流れてくるもの、文化として伝わってくるもの。
スクリーン、ステージ含め、目に触れるものは国家もよって、軍治一色に統一されていく。
さて、スポーツはいかなる道を歩んでいたのか?
外来語、たとえばストライク、ボールは「よし」「はずれ」と日本語に変えられる。
海外のものは駄目、すべて日本語、日本のもの。日本を世の中の中心に据える八紘一宇の世界観。
そのような中で、スポーツの指導、教育はしごきへと連鎖し、
できない人間に対して暴言、いや暴力、力に訴えるようになる。
今回、日大アメフト部で加害者の部員に対して行った一連の行動、言動はまさに昔から続く、
「疎外感」と「悪魔の誘い」に他ならない。知らず知らずのうちに洗脳され、善悪の判断はつかなくなる。
このような対応、指導が蔓延し、相手を憎い対象、忌むべき存在と思わせることは難しいことではない。
「スポーツの日大」というらしい。たしかにこれだけの資金があれば、いい選手も集まるだろう。
監督とコーチの記者会見があった翌日から「関東インカレ」いわゆる関東学生陸上選手権が始まった。
日大の選手はどうか?{我ながら嫌な性格}と、チェックした。しっかり勝っていた、アフリカからの留学生が。

「言葉の階(きざはし)」第十一章:スポーツ界のいやな雰囲気

2018年8月7日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」第十一章:スポーツ界のいやな雰囲気
特別連載企画 第十一回 ~ スポーツ界のいやな雰囲気 
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昨年末から、日本のスポーツ界でいろいろな不祥事が発生している。
その多くが競技団体、チームなどによるパワハラときているからたちが悪い。
まずは大相撲。現役のモンゴル出身の横綱が地方巡業の折、
他の部屋に所属しているやはりモンゴル出身の力士たちと宴席を実施。その席で暴行に及ぶ。
理由は・・・「態度が悪い」後日、横綱は角界を退く。

次に騒がれたのがレスリング協会。オリンピック金メダルを獲得した女子選手が、
練習の場を広げたいと、強化部長に申し出る。
が自分の指導では満足できず、広く練習を求める選手に会場すべて取り上げる。
さらにバトミントンで、辣腕のコーチが選手への賞金を着服。所属企業から契約解除。
オリンピック候補の女子ペアが所属企業を離れ、このコーチについていくと表明。
そして今度は学生スポーツ。しかも日大アメリカンフットボウルによる違法タックルだ。
ここで、日大は「危機管理」の処理に関し、見事なまでに誤った対応をした。
事の起こりは関西学院大学との春のオープン戦において、相手QBを個人的に狙った反則タックル。
大学アメフト界は関西の関学、京大に関東の名門 日大が挑むという図式。
その2校が春に試合をする。両チームにとっては今シーズンを占う定期戦だ。
この試合で日大のディフェンダーが関学QBに対して、怪我を負わせるかのように反則を繰り返した。
なぜ?・・・監督、コーチの指示という噂がまことしやかに流れてくる。
同時にその時のプレーがネット上に流れるようになった。正直大したことでもないだろうと思っていた。
速やかにお詫び、見舞いをし、原因を明確にして、二度とこのようなことを起こさないことを伝えればいい。
ところが動きがない。やがてテレビのワイドショー的番組はこぞって特集を組み始めた。
おなじみの芸能人が本気になって苦言をまくしたてる。
聞けば被害に遭った選手は医療機関に通うようになり、加害者側は何ら行動を起こしていない。
関学は文書で日大に問いただしている。これが事件後2週間経過した状況だ。
本当かよ?2週間たってもお見舞、お詫びに行ってないって・・・どういう神経しているんだ。
そうこう言っているうちに加害者の選手が記者会見を行った。
お詫びの意をはっきり表し、どうしてこのようなことが起きたか明確に話す。二十歳の若者に教えられた会見だった。
今回のプレーは監督、コーチの指示である。
このところろくに実践的な練習をさせてもらえず、精神的に追いこまれていた。

あのQBに負傷を負わせるのなら、試合に出させてやる
見舞いに行くことを申し出たが、拒否された。
以上、普通の感覚では信じられない監督、コーチの判断である。この記者会見に同席しないのも当然だ。
日大の監督は囲み取材でも「カンセイガクイン」を「カンサイガクイン」と言い続け、
それを周囲の誰も訂正しない。おそらくこんな問題、時間がたてば収まる。
と高をくくっているというのが明らかだ。

「どこの大学だって・・・」「すぐに騒ぎもおさまるだろう」そんな想いもあったろう。
しかし、これだけ画像が露出する時代、ニュースが誰の耳にも入ってくる時代、そんなに甘いもんじゃなかった。

「言葉の階(きざはし)」第十章:BSニュース

2018年8月3日 金曜日

「言葉の階(きざはし)」第十章:BSニュース

特別連載企画 第十回  ~ BSニュース 
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日本ハムファイターズの大谷翔平選手が今年、大リーグ ロサンゼルスエンジェルスに移籍した。
テレビにあまり映らなかったせいか、さほどすごい選手とは思っていなかった。
160キロを超える日本人最速のストレート。打っても類まれな長距離ヒッター。
それを知りつつも一流選手と思わないのは、勝ち星、防御率、沢村賞、
ホームラン王などの記録やタイトルとは無縁だったということがあるのかもしれない。
どこかで記録の持ち主を思う以上に評価しているのだろう。だから私は大リーグでの活躍にはクエスチョンマークだった。
今シーズン、大リーグの試合に興味がある。観るようになった。という人が結構いると思う。
何といっても、NHK衛星放送BS1は誰よりこの大谷出場予定の試合中継を流す。
おかげで、エンジェルスの打順はなんとなく覚えてしまい、必然的に応援するようになる。
マー君、ダルビッシュ、前田と日本人選手で活躍している選手がいるにも関わらず、だ。
簡単に大谷選手のことを説明しよう。岩手県花巻東高校出身23歳。当時からエースで4番だが、抜きん出た能力を秘めていた。
甲子園では同期の藤浪{阪神}ほど成績を残したわけではないが、ドラフト1位で日本ハム入団。
本人の希望を受け入れた栗山監督の下、投手兼打者を実践。
プロ野球入団時より大リーグ志向が強く、本年度より二刀流選手のままエンジェルスに移籍。193cm 97㎏。
野茂、イチロー、松井、松坂といった選手たちが大リーグで活躍。
日本人選手でも大リーグで実績を残す、いやトッププレーヤーとしてチームを引っ張る存在になれることを示した。
大谷にはそのような実績はなく保証もない。
だが、二日前、投手としてマウンドに立っていたのに今日は5番打者としてバッターボックスにいるという、
まさに夢のような話を実践しているのだ。「大リーグでリトルリーグみたいなことが行われている。」
これは、日本人選手が大リーグで活躍する云々の話ではない。
大リーグのプレースタイルそのものを変えかねない。おかげで、エンジェルスは観客増、グッズの売り上げも右肩上がり。
テレビで流れている野球中継は現地のLIVE映像を流し、それを日本で見ている解説者、実況が声をはさんでいく。
小早川、石井一久、武田・・・比較的地味な解説者がなかなかいい。説明がわかりやすく、肩の力がない。
ところで大リーガーは一般的に、日本と比べると、選手の打率はさほど高くない。
だが、ここでストライクをとれなかったことで、ストライクを投げざるをえなかった。
コースを間違えてしまい、次投げるところが難しい。そして・・・これらが影響して一発を浴びる。
そんな恐ろしさがある。バッターをしとめるには一連の投球がすべて連動している。その流れが大切なことがわかる。
打率は低くても、長打率の高さ、得点圏に走者がいる時の被安打率などやはり緊迫する。
単に打率だけでは計り知れない怖さがある。

ところで、この野球中継でもNHKは容赦なく1時間に1回ニュースを挟む。
海外の映像だし、衛星放送だからなんとなく海外のニュースが流れてくるような気がするが、
もっぱら日本の話題である。「上野動物園のパンダ・・・」なんて流れてくると、思わず拍子抜け。
「次のニュースが重いんだな」と勝手に想像していると、「BSニュースでした」で終わってしまう。
NHKは模範的な国営放送というべきか。
どうも番組の途中でニュースが流れてくると、
何かとんでもない事故が起きたかと思ってしまうが、単純に私の思い過ごしのようだ。
ニュースはその番組として枠がないと落ち着かない。
どこかアナログ的だな、それにしてもニュース以上にニュースな出来事を中継で見られる時代になっている。
 

「言葉の階(きざはし)」第九章:紫陽花の頃

2018年7月26日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第九章:紫陽花の頃

  特別連載企画 第九回 ~  紫陽花の頃 
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ひとつのことに懸命になることが苦手だ。
学生時代、試験の時でも、気が散ってしまい、どうも頭に入ってこない。
たとえば世界史の勉強をしていても、その年に日本は・・・ということに関心がいってしまう、中国・清の溥儀の時代。
さて日本はどんな状態だったか?なんて考えているから、肝心なことは頭に入ってこない。
これはこの年齢(62歳)になっても変わらない。たとえばこの文章だ。
ひとつひとつ順に書き上げることができない。書いている途中で他の文章に気が移ってしまう。
当然読む時も一冊の本をじっくり読むことはしない。旅先で本を一冊しかもっていない限り一気読みができない。
今年は季節の訪れが例年より早い。4月から夏日が全国的に多く、梅雨入りも例年より数日早いという。
当然紫陽花の花も梅雨入りに合わせて色づき始めている。
紫陽花はその花の色が変化することから七変化とか八仙花とか呼ばれる。
この前は青空の下、ピンクだったのに、小雨降る今日は紫ということもある。
そんな鮮やかさに結構歌の題名にもなったかと思うが、思い浮かぶのはアリスとさだまさし、浜田省吾の3曲ぐらい。
ところがいずれも、紫陽花は背景で描かれるだけだ。
たとえば「秋桜」や「ひなげし」「くちなし」などを題名とした歌曲はその花の名前で、
イメージが湧くように作られている。
あるいは〇〇の花のように・・・とその姿に自分の想いを映すといった感じでインパクトを高める。
題名として多い「桜」。これは花期が短いにも関わらず、開花を待ち望む頃、満開の頃、惜しむ頃だったり、
作り手によってさまざまな桜の姿を描く。いずれにしても花を前面に押し出している。

「紫陽花」の花言葉は「移り気」。たしかにそのガクの色を変えていく姿は、そんな想いにもさせるだろう。
山本リンダみたいな歌手に歌ってもらえばピッタリかもしれない。
しかしながら梅雨に濡れた姿を目すると、そうはならない。鮮やかな花にも拘わらず、物憂い気持ちになる。
紫陽花の頃が過ぎ 心寂しい季節がくる
アリスのこの歌の一節だ。これから本格的な夏を迎えるのに、心寂しい季節と表現した。
この花の季節感よりもその佇まいに、このような歌詞になったのだろう。

以前、講師として高崎の大学に通っていた時、行きは新幹線。
帰りは高崎線の在来線普通列車を利用していた。新幹線は高架線上を走るが、在来線は通常の身の丈の視界が広がる。
いつも王子駅近くの飛鳥山公園あたりを走行していると紫陽花の花が目に入ってくる。

かなり広域にわたって紫陽花が植えられているので、いつか歩いてみようと思っていた。
友人にそんな話をしたら、さっそく話がまとまった。
「紫陽花の花を見に行こう」ということになったが、結局紫陽花が咲き誇っているとこには足を運ぶことはなかった。
他のものに興味が行ってしまうのだから、私の想いは相変わらず弱い。

そういえば「アジサイ」の名前の由来であるが、
「アズ」=集まると「サイ」=藍色という言葉を合わせたものという説がある。
「アイを集める」なんて、なんかいいね。


「言葉の階(きざはし)」第八章:校歌を覚えている?

2018年7月3日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」第八章:校歌を覚えている?

特別連載企画 第八回

~  校歌を覚えている?  piano-558452_960_720
 
例年春の高校野球=選抜高校野球というのは、あまり注目しない。
47都道府県各地の予選を勝ち抜いて甲子園に出てくる夏の全国大会なら、我が地域の代表という気持ちも強い。
春の大会のように、出場しない都道府県があったり、逆に今回のように一県から三校も出てくると、
そんなにこの県はレベルが高いのかと思ってしまう。高校野球を観る時、間違いなく応援する高校はある。
その肩入れする理由は単純だ。まず自分の住んでいる都道府県の代表校、その次に関東なり、
関西なり各地域へと応援する高校も広がっていく。
だから主催者が出場校を決め、大会に出場しない都道府県もある選抜大会は
「おらがふるさと」の代表といった印象もない。
今年は仕事もなく、暇だった為か、オリンピック、大相撲とスポーツ中継が続いたせいか高校野球も結構観た。
そして面白かった。予想通り、ドラフト候補を並べた大阪桐蔭高校が優勝。
決勝の相手は同じ関西の智辯和歌山高校と面白くも、なんともない結末だが、
準々決勝、準決勝で見せた智辯和歌山高校の脅威の粘り、県立進学校彦根東エースの精密機械のようなピッチング。
前評判は全然高くないのに、自由奔放の野球でベスト4までいった三重高校。
ありゃ関西勢ばかり・・・どうもレベルの高い試合を提供してくれるのは関西が多い。

(さらに…)

「言葉の階(きざはし)」 第七章:商店街

2018年6月26日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」 第七章:商店街

特別連載企画 第七回

~  商店街(2)

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幼い頃過ごした町はその佇まい、道、店等いつまでも記憶に残る。
どこにどんな抜け道があって、どこにどんな友人がいたか鮮明に覚えている。
いい年齢になってから居を構えたところは、暮らす歳月が長くなっても覚えが悪い。
あちこち歩いても馴染みの店ができても、幼い内から日々の暮らしを過ごした町ほど強く心に残っているものはない。
野口五郎の「私鉄沿線」という歌曲がヒットしたのは高校を卒業して間もない頃だった。
都内に住む人間の多くが私鉄沿線であったこの頃、
結構多くの人がこれは自分が利用している沿線ではないかと想像したような気がする。

「池上線」というより具体的な沿線名を歌った西島三重子の歌が出たのは、そのさらに1年後だ。
まさに、この歌詞で記されているところは自分の町だ。と思ったが、
何年か後作詞者から、「あれは池上が舞台です」と公表された。
やはりこういったものは、聴き手のイメージに従うものである以上、知るべきではなかった。
歌詞の中で車両に風が入ってくるといった、
いかにも古い車両といった姿を綴っているので、結構クレームも出たようだ。
そういう事実を踏まえても、男女の想いを詞に託せば共感する。
今時こんな車両と疎んじられていた池上線がその不便な旧式であるが故に人々に注目されることとなった。
昔ながらの商店街は、不便ゆえに言葉を交わさなければ、商いという行動が成立しない。
駅舎は機械化が不十分であるがために、人の力に頼らざるをえない。
いつまでたっても旧態依然の風情を残して、町は成り立っていた。
スーパーマーケットのようなところで買い物をしていると、老化が進むという。
買い物とは、商品を手にするたびに、買いたいという衝動と押さえようという自制が働く。
そして購入に際しては、財布から適正なお札と小銭を用意する。
この思考過程と行動パターンがボケ防止にいいようだ。
世の中便利になっている。スマホひとつでレジに足を運ばなくても、買い物ができるようになり始めている。
テレビの報道番組でレポーターが「これで手間が省ける」「ストレスがたまらない」と笑顔で話していた。
しかし、便利になる――それがストレスのたまらないことになるのだろうか?
言葉を交わすことなく、スマホをかざすだけで物事を処理することが、人間にとって、望ましい方向なのだろうか?
幼い頃歩いた道が記憶の中に強く残っているのは、その道が自分の足で歩んだからだ。
今日は違う通りから行ってみよう、ここの番地はこうだから・・・と自分の目と足でその道を覚えていった。
商店街は、そして間違いなく学びの場でもあった。

「言葉の階(きざはし)」第六章:商店街

2018年6月18日 月曜日

特別連載企画 第六回 
~  商店街 
 
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私が生まれ育った町は、五反田と蒲田を結ぶ池上線沿線にある。
この沿線はどの駅で降りたっても、その長さに違いはあるが、駅から商店街が延びる。
駅の近くには、花屋と薬局があって、歩を進めると、八百屋や肉屋、魚屋という食卓をにぎわすものを扱う店が並ぶ。
そして私たち子供にとってなじみ深い文房具、本屋、そしてお菓子屋といった店舗も目に入ってくる。
当時、食品ならなんでも揃うスーパーマーケットはあることはあったが、商店街の中心はあくまで小売店ではあった。
梅雨時になると、時節柄多くなってきたハエがたからないように、
天井から吊るしたハエ除けテープがのんびりと回るようになり、
お菓子屋のアイスボックスにはいかにも冷たい感じのキャンディーがあふれる。どれも夏の風物だ。
さまざまな工夫を凝らして、日本人は夏の暑さをしのぎ、虫の被害を押さえていた。
なんてしばしそんなもんに目をやっていたら、打水をかけられた。たしかにこれなら涼しい。
今ではこんな商店街の姿をあまり目にすることはなくなった。お菓子屋の量り売りでの商売。
魚屋で魚をさばいてもらうこと、籠に入っている果物に傷がついていないか確認すること。
モノを買い求めるということは、会話が始まるということであり、少なからず知恵を付けることでもあった。
量り売りで買うお菓子は、いつもリクエストしたグラム数より多く、「おまけだよ」という言葉が添えられたが、
元の値段が損をしない金額に設定されているのは、当然である。
先日、長野の上田市に足を延ばした。駅を降り立ち、上田城ではなく菅平方面に向かう通りを歩いた。
地方都市の多くはシャッターが下ろされているような状況になっているが、新幹線が走るこの町はまだ人通りも多い。
結構時間もあるので、本屋でもないかと思ったら、2軒あった。
それも懐かしい佇まい――店の扉の手前に棚があって、そこに週刊誌や月刊誌などちょっと気を惹くものが並べてある。
それに回転させながら幼児用絵本を手に取れる、回転式のキャビネット。
「懐かしい」 まさに子供の頃、足を運んだ本屋だ。
今日、本屋は大型店だけが残る状況となってしまった。昔はどこの町にもどこの通りにも本屋はあった。
子供たちは毎週マガジンやらサンデーが発売される日になると、こぞって本屋に足を運んだ。
買う買わないにかかわらず、お気に入りのページを探す。
そんな子供たちもいつの間にか問題集、ドリルを買い求めるようになり、
やがてちょっとエッチな記事や写真に興味を抱き、店主の目を気にしながらそんな雑誌のページをめくったりする。
だからエッチなものを見る時は人目につかない本屋を選んだものだった。
本屋は時折胸ときめくところにもなった。まじめな本でも買いに行こうと、
自分にとって一番メインにしている本屋に行くと、ちょっと気になる女の子がいたりする。
「この店なら大丈夫」とエッチな本など目もくれず、言葉を交わすそんなところでもあった。
一度こんなことがあると、その子がよく足を運ぶ本屋だと思い、何の用もないのにその店に行ったものだ。
それでうまくいったためしがないけど。高校生になると、自分の家から離れた駅で降り立ったものだ。
「あれ、椿君どうしたの?」
「いや、ちょっと本屋に・・・」(そんなわけないだろ)
いずれにしても、本屋の存在は貴重だった。
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