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「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ

2018年11月12日 月曜日

「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ

特別連載企画 第十九章 ~ カミナリ ~

 小さい頃、子供たちの好きなものとして「巨人」「大鵬」「卵焼き」、
そして怖いものとして「地震」「カミナリ」「火事」「親父」と、よく口にしていた。
大鵬はすでにこの世になく食生活がこれだけ豊かになると卵焼きを好物とする子供たちも少なくなってきた。
残る巨人軍であるが、スポーツが多様化し、野球中継自体も少なくなってきた。
以前のような絶対的強いイメージもなくなってきた今日、
子供にとってヒーローというイメージはあまり見いだせない。

怖いもののほうであるが親父については今日威厳は完全に地に落ち、怖くも偉くもない人になってしまった。
むしろ子供にとっては、逆にきつい言葉を吐ける存在だろう。だが、災害に対する恐怖は今でも強い。
火事についてはそれぞれの家庭が注意すれば概ね安全だろうが、
自然災害は人の力ではどうにもならないものだ。
定期的に発生する地震は、そのもたらす被害状況からも最も恐ろしさを感じるものの一つだろう。
それにしても幼いうちから呪文のようにこの四項目を口にしてきたために、結構強い防衛本能が働く。

幼い頃、カミナリというのは雲の上で雷神が騒ぐためにおこるものと思うときがあった。
漫画の世界でも、昔の画でもさかんに描かれていたのだから、そう信じても致し方なかったかもしれない。
カミナリが落ちるというのは、
高熱をもった岩か火の玉のような何かが落ちてくるものかとぼんやり空想していた。
最近ではカミナリも忙しくなり、昼日中から大暴れしているが、
昔は夕立の言葉通り、降るときは以下のようなパターンだった。
3時ごろから雲がニョキニョキと昇っていく。
あたりが暗くなってきたなと思う間もなくザーツと一気にくる。我が家ではこんな時、蚊帳を吊っていた。
当時、カミナリが落ちるとへそがとられると聞いていたから、
消え入りそうな声で「落ちないよね」と親に確認していた。
幸いなことに落雷でへそがとられることはなかった。
もっともそれより先に雷神にへそがとられることなどない、ということを知ったが・・・

私はなぜかこの蚊帳の中に入るのが好きだった。
元々はその名の通り蚊を防ぐためのものだが、悪霊から守るためだとも聞く。
たとえ、屋根、天井を突き破って、カミナリが落ちても蚊帳がしっかり守ってくれるものだと信じていた。
でもどうやって守るんだか・・・いずれにしても蚊帳の中に入ると、不思議と安心感があった。
それは、あの麻の独特のにおいと、一つの蚊帳の中に家族みんなで横になることだった。

そんな夕立もさほど長く居座るわけでもなく、
1時間余りで涼風とともに晴れやかな天気が見上げれば広がっていた。
最近はこうした夕立が少なくなった。
今年8月下旬から9月に東京を襲ったカミナリは雨も雷鳴も途切れることもなく、人の暮らしを乱した。
「こりゃ、落ちたな」と、つぶやく間もなく、またドカーン。
しかも雨のほうはいかにも大粒そうな雨音がたたきつけている。まさに容赦ないという感じだ。
人の世に優しさが見いだせなくなったもんな。当たり前のように昨日1日で9月一月分の雨と知らされる。
その雨の恵みを知らされないまま、自然は我々の想像以上に強烈になっていく。

「言葉の階(きざはし)」第十八章:日比谷映画街

2018年11月7日 水曜日

「言葉の階(きざはし)」第十八章:日比谷映画街

特別連載企画 第十八章 ~ 日比谷映画街 ~

東京ミッドタウン日比谷がオープンして半年余りになる。
私たちの世代にとってこのあたりは、ファッションもいいけれど映画街のイメージが強い。
誰もが一度ならず映画をデートの場所に選んだのではないだろうか。
この東京ミッドタウン日比谷のあたりはそんな映画好きの人間にとってどの映画館よりも憧れがあった。
アメリカ、ロスアンゼルスのチャイニーズシアターの前には多くの映画人の手形が地面に彫られているが、
ここ日比谷もそれを模して日本の映画人の手形が地面に収まっている。
有楽町駅を降り、新橋方面にしばらく歩を進めると日比谷映画街があった。
円形型でアクション映画中心の日比谷映画劇場。大作なら四角い劇場有楽座。
アカデミー賞候補作ならみゆき座。そして女性映画ならスカラ座と映画館はそれぞれの特色を出していた。
それ以外に邦画上映館の千代田劇場。少し離れたところにニューシネマのスバル座があった。
映画なんてどこで見ても同じと思うだろうが、東宝の映画ならここと、なぜかこだわりがあった。

「アラビアのロレンス」が何度目かのリバイバルで公開されたのは、高校に入学した頃だったか、
男性向けスペクタクル映画、名作だが、上映館はなぜかスカラ座。ここはちょっと苦手な劇場だった。
何しろ宝塚劇場があり、建物の周りは平日でも女性客が列を作る。
チケットは1階の売り場で購入し、劇場のある5階か6階にはエレベーターで上がる。
当然乗れば「ご順に前にお詰めください」と、声をかけられる。
劇場のあるフロアーに着けば、扉側の人から降車するわけで、
最初に乗った人は降りる時は最後ということになる。

当時、映画は今日のようにチケットを求めたときに、席が指定されるわけではなかった。
スカラ座は1500席近い座席があったが、それでも見やすい席は埋まってしまうかもしれない。
「アラビアのロレンス」は3時間半の大作で、端の見にくい席だったらいやだな、
さらには万一座れなかったら、長い時間立ち見・・・なんて耐えられない。と不安になっていた。

このように女性客が多く、なんとなく入るのが気恥ずかしいということと、
この映画館の構造のためなんとなく足を向けたくない映画館だった。
それにエレベーターの扉が開いても、私は急ぐようなことはできなかった。
こんなところで急ぐな、悠然と構えよう。
そんな気持ちにはなれないのに、なぜか粋がってやせ我慢をしていた気がする。

「エレベーターの話」は故向田邦子氏も何かの随筆で、
たしか落語を聞きに行った時の逸話として描いている。
「私の方が先なのに・・・」と書きながら全然嫌味にならない。
軽妙な文章に我々はただ「ある、ある」と頷くばかり。

今日、映画館はシネコンと呼ばれる、一つの建物の中にいくつものシアターが入る形式になった。
「今日何観るかな、」と作品名と上映時間を観ながら決める。
アメリカの大迫力の映画が小さなスクリーンのシアターで公開され、
日本のアニメが一番大きな会場でかかっていることも当然の成り行きだ。
観に来ていただいたお客様がしっかり御覧になることが何よりなのだから。

しかし、あの頃劇場に足を踏み入れたときに感じた高揚感は、ない。
それにスクリーン1とか2じゃ、やっぱりしっくりこない。
〇〇劇場、▲座、やはりこれでないと・・・

僧侶の方に向けて行う テーマパークのおもてなし講演

2018年10月18日 木曜日

僧侶の方に向けて行う
テーマパークのおもてなし講演  



















先日、10月4日、中部地区の日蓮宗の僧侶の方を前に「テーマパークのおもてなしに学ぶ」というテーマで、
弊社代表理事の鈴木伸英が登壇を致しました。

仏教、及び宗教全体と、ディズニーという一見繋がりのない2つから、
“おもてなし”をテーマにどう人を集めるか、どう幸福を届けるのかについて、お話をさせて頂きました。

私共にとっても、日蓮宗の方にとっても前例のない新たな試みでありましたが、
大変有り難いことに無事に講演を終了することが出来ました。

午前中は基調講演、午後は分科会にてみなさんに具体的におもてなしについて考えていただき、
私にとっても有意義な一日となりました。

また、固定観念にとらわれず、
新たな風を取り入れようとされていらっしゃる僧侶の皆様の姿勢には、大変感銘を受けました。
ご協力、ご参加頂きました日蓮宗の僧侶の皆様、誠にありがとうございました。

尚、嬉しいことに、11月下旬には異なるテーマで日蓮宗の僧侶の方に向けて
二回目となる講演会を開催することとなりました。
講演にご興味のある方や、インタビューの依頼などのご連絡も随時受け付けております。
お気軽に下記までご連絡下さいませ。


担当者名:村松
TEL:03-5530-8730  /   メールアドレス:info@comskillhp.com 

 

「言葉の階(きざはし)」第十七章:お中元

2018年10月16日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」第十七章:お中元
 特別連載企画 第十七章 ~ お中元 ~

 旧友からお中元が届いた。
何かを頂けるようなことなどしていないので、「そんなに気を使わないで・・・」と言いながら、
やはり頂くと悪い気はしない。こういったものを頂ける立場ではないが、
ニューオータニ在籍中、所属が宴会予約だったときは、身分不相応にもかなりの品数が届いた。
外部の関係会社に注文をする業務だったから、各会社とも営業活動の一つとして躍起になっていたのだろう。

お中元、お歳暮というのは日頃お世話になっている上司、親族、近所づきあいも含め
個人的に交遊のある方にお礼の意、健康を祈願するためにお届けするものである。
お中元は夏までの半年を、お歳暮は一年間のお礼となるから、
一年に1度という意図があれば、お歳暮で済ませるというのが一般的だ。

小学生の頃を思い出す。当時は近所の付き合いが盛んで、子供同士もよく遊んだが、
親たちもあちこちの家に顔を出してはよく話をしていた。
旅行に行ったりすると、お土産を用意し、盆暮れの時期になると、
「日頃のお礼」とモノを携えて近所の家々を回る人たちもいた。
我が家はこうしたことに気の回る人間はおらず、受け取り専門だった。
当時、乳酸菌飲料のカルピスが子供たちに圧倒的な人気だった。
グラスにすこ~しのカルピスを入れ、冷蔵庫の氷をいくつか入れて、水を灌ぐだけ。
これが夏、お中元の定番だった。景気のいいときはフルーツカルピス、もしくは通常のもの2本セット。
だが、1本だけというのが一般的だった。ちなみに冬は石鹸。おもしろくもなんともない。
「つまらないもので・・・」と言われると、思わず「本当に」と口に出そうだった。

もとより品物を持ってくる方々は「いいもの」を届けようという意識は薄い。
「季節のご挨拶」という意図が強く、モノより気持ち、その意を伝えることを主眼としている。
私は「季節のご挨拶」として届けるものは、こういったものが本来の姿だと思っている。
しかしどうだろう?人にお世話になり、営業としての仕事をしていたりすると、
「恥ずかしくないモノ」「他の人よりいいもの」、
すなわち料金的にそこそこのモノを選ぶようになりがちである。
そして肝心の品物であるが、概ね宅配便で届けるようになり、
「お世話になっています」「よろしくお願いします」という言葉は置き忘れてしまっている。
ただ、品物が流れるだけだ。

夏に入ったばかりの頃、後輩と居酒屋に入った。飲み物のメニューを見ると、
ビールやハイボールといったアルコールに混じってソフトドリンクが記されている。
内容をたどっていくと、ジンジャエールやウーロン茶などとともにカルピスが記されていた。
アルコールを口にする人が減少している今日、アルコールが含まれていないものも多くなければならないだろう。
ただ、乳酸菌飲料ってなんとなく違和感がある。
「カルピスって注文する人っているのかな?」と口にしようかと思ったとき、連れの一人がカルピスを注文した。
「最初だけです」と言っていたが、3時間近くカルピスで通していた。

 

「言葉の階(きざはし)」第十六章:脱脂粉乳ミルク

2018年10月5日 金曜日

「言葉の階(きざはし)」第十六章:脱脂粉乳ミルク

特別連載企画 第十六章 ~ 脱脂粉乳ミルク ~

私が小学校に通っていた時代、昼食はお弁当ではなく、給食だった。
メインの料理の他にパンとミルクがついていたと記憶している。
ミルクといっても、牛乳ではなく、脱脂粉乳と呼ばれるものだった。
脱脂粉乳なんてその音の響きからして、いかにも味はひかえさせていただくという感じだが、
あの頃他に比べるものもなく、毎日そればかりを口にしていると欠かすことのできないもの、
と思いこむようになっていた。

これを飲めば大きくなると、まるで呪文のように聞いていたが、入学以来一切口にすることがなかった同級生が
私よりも大きくなって卒業した。
小学生の頃って、事あるたびに結構クラシック音楽が流れていた。
運動会の時はもちろん入学式や卒業式などの行事。また、給食の時間は全校に音楽が流れていた。
クラシック音楽は普段の生活で、さほど馴染み深いものではないが、それでも気持ちを和らげるものがある。
音楽の分類で、たとえばジャズはリズムだろうが、クラシックはメロディー重視ということになるだろうか?
いずれにしても耳にすれば心地いい。特に食事時というのは、気持ちが穏やかになっていて、
動より静の状況に合うものを好む。行進曲や序曲の類ではなく、管弦楽曲、ピアノ独奏曲などが耳になじむ。

そのような馴染み深い曲の中で、かなり印象に残っているのが、サンサーンスの「白鳥」である。
特に好きなわけではない。ただ、あのチェロの音色が不思議と耳の奥に残り、
午前中の授業が終わったときの独特のアンニュイな気持ちがよみがえる。
脱力感、というか眠気・・・なんにしてもけだるい感じだ。

脱脂粉乳はミルクの粉を湯で溶かしたような代物である。
あまり飲みたくないからと、あるいは熱いのは苦手といつまでも口に運ばないでいると、表面に薄い膜ができてしまう。
これが無気味でかつ美味といえない代物だ。
ましてや口の周りにまとわりつくと、サンタじゃあるまいし、と指で拭うのである。

時折、同世代の人間と小学校時代の頃を話すことがある。
現代と異なり、モノもなく、経済的にも恵まれてはいなかった時代だが、共通の思い出があふれ出す。
そんな話題の中で、「脱脂粉乳」の話も出たりする。
「ありゃまずかったな」と共通の感想だが、インパクトは強かったのだろう。

ところで、あの不気味でうまくもない「脱脂粉乳」を思い出すとき、
なぜかサンサーンスの「白鳥」のメロディーが耳についてくるような感覚になる。
逆もまた然りで、パブロフの犬のように「白鳥」を聴くと、
あの味が、あの器に入った白い飲み物が目の前に浮かんでくる。
ちなみにこんなふうにクラシックの曲をイメージ作りして、覚えようとした。
シチューでベートーヴェンの「田園」、カレーはビゼーの「アルルの女」、
リンゴは「ウィリアムテル序曲」のように。こんな覚え方だから曲目を思い出すときが大変。

「ほらほら、シチューの味の名曲だよ」「シチューに関連した曲?」
誰だって「田園」を思い浮かべているとは思わないよね。
普通の生活の中で、子供の頃の私たちは、自分に合う覚え方をしていたような気がする。

私の場合、余計なことばかり記憶に残る。

「言葉の階(きざはし)」第十五章:勘違いは残像から

2018年9月3日 月曜日

「言葉の階(きざはし)」第十五章:勘違いは残像から
特別連載企画 第十五章 ~ 勘違いは残像から ~

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以前も書いたが、私は思い込みや勘違いをすることが多い。
それらの多くはちょっとした記憶が脳裏にあって、
それが身の回りの出来事に結び付いて「そういうこと」と思い込んでしまうのだ。
2,3年前のことである。川崎の老人ホームで入居者が職員に建物から突き落とされるという事件が続いた。
当時、母に老人ホームを勧めていたので、こうした記事を目にし、耳にすると思わず、顔をしかめてしまう。
そんな折、姉から「ユウリョウ老人ホームで探しているんだけど・・・」と声をかけられた。
「ユウリョウならいいんじゃない」「いいって?」
この時、姉は「有料老人ホーム」を描いていたが、私は事件のあったホームのことが頭にあり、
「優良老人ホーム」という文字が頭に並んでいた。
話はかみ合わなかったが「じゃー、ちょっと探してみる」
姉は会話についてはあまり詮索することはなく、本題に邁進していた。
母がお世話になるホームが決まったとき、「これで時効成立」とばかり、
「ユウリョウ」という言葉をとらえ違えていたことを話した。「何、それ」と姉。誰だって、そう思うよな。
ところで、家で利用する電話が固定電話だった頃、
受ける時でも、かける時でも先入観や勘違いをしていると実感することがあった。
電話に出たとき、自分の父や母に間違われた経験ってないだろうか?
「はい、椿です」
「あ、椿さん」
{違うともいえないので}「そうですが・・・」
「〇〇だけど」と言われ一方的に話される。
明らかに父宛の電話だが、男である自分が受話器を取ったために、父と思い込んでいる。
ちょっとしたきっかけがあれば、「あのー息子ですが・・・」ともいえるが、なかなか口を挟めない。
父と私では年齢差もあるし、父には訛りもある。
間違えるものかな、と不思議に思いつつ、結局私が息子であることを認識するまでに結構話をさせてしまった。
もっと早く気づいてよ、と私は思うが、
電話をかけてきた相手は「本人じゃないのなら、そう言ってくれればいいのに」と思ったことだろう。

こんなことがあったので、自分は間違えるはずはないよな、と思ったものである。
なんで間違えるのかわからない。と根拠のない自負をしていた。
さほど日を経ることもなく、友人の自宅に電話をかけた。一声で本人と確信した。
ところが何かよそよそしい。思わず「どうしたの?」と言いたくなったが、言わないでよかった。
友人の父親だった。やっぱり親子って話す癖が似るよな・・・いいわけである。
電話や会話の中で出てくる言葉というのは、その言葉の内容、実像を理解しないまま、相手と話すことがある。
そういえばこんな件があったな、とちらっと耳にした話で思い込んでしまったり、先走ったりしてしまう。
たまにこうゆう思い込みの強い人間は「オレオレ詐欺」にひっかかるのではないかと思ってしまう。
何しろこういうものだという思い込みを触発されたら、間違いなく信じてしまう。
それほど、感化されやすいものだ。
 
 

「言葉の階(きざはし)」第十四章:残り醤油

2018年8月23日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第十四章:残り醤油
 特別連載企画 第十四章 ~ 残り醤油 
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学生時代の友人と月に一度、盃を酌み交わす。
以前はしっかり酔ったなと認識するまで飲んだが、最近は嗜む程度で十分だ、
もっとも病気のせいで、酔っても酔わなくても身体は硬直してしまい、動作がコマ送りのようになる。
「大丈夫ですか?」と店員さんから心配されることもしばしばだ。
ところで、飲みに行くとバカの一つ覚えみたいに、「刺身」を注文してしまう。
私はあまり醤油をつけないのだが、小皿に注がれた醤油が気になってしまう。
要は食し終わったとき、きれいに使い切ってればいいのだが、これが駄目である。
「大根をいっぱい食べればいいだろう」と言われるが、あくまで自然に食べることにこだわる。
そして食べ終わったら醤油もきれいになっていた、というものでないとしっくりこない。
こんなことが気になるなんて、よほど神経質、潔癖症かと思うが、少し違うようだ。
いつからこんな性分が身についたのか、と思うが、親は事細かく、注意するようなことはなかった。
ただ、小皿に醤油を注ぐとき、少な目にしているのは祖母の影響だろう。
祖母は、しかし小皿の醤油が残り僅かになっても、改めて付け足すことはしなかった。
それで寿司や刺身をおいしく食したかはわからない。
ちなみに私も、寿司があと数カン残っているのに、
小皿には「かつてあった」という感じで醤油の跡が残るだけになってしまったことがある。
都内のいい寿司屋だとわさびもうっすらと上品についていることもあるが、
家の近くの寿司屋だと「こりゃ毒消しか」と思うほど、しっかりついていることも多い。
口に入れ、舌にのせたとたんに蒸気機関車のようになってしまった。
私の家の人間は総じて、この醤油の使い方がきれいだった。
食事が終わる頃、小皿の方も綺麗になっていた。
だから比べられるのも嫌で、静かに洗い場にもって行ったり、他の器にまとめたりしていた。

事、醤油に限らず、私はちょっとしたことに気になることが多いのに、その先どうするかということに頭が働かない。
自分の部屋に入れるものを購入した。たとえばハンガーラックを購入したはいいが、吊るすところがない。
予備のパジャマを買ったが押入れはいっぱいだ。必要なのに、今どこに置いておくか考えていない。
整理すればなんとかなるだろうに、億劫だ、面倒くさいと思ってしまう。
まだ、こういった残せるものならいいが、食品のようなものも同じ思考回路に繋がるから駄目だ。
小腹すいたとき、ちょっと口潤したいとき・・・
そんなときのためと食料品を買い求めるが、うまくフィットすることは・・・まずない。
いつまでも残っていたり、なんでこんなもん買ったんだ、と思うのが常だ。

モノを買い求める加減がわからないように、小皿に注ぐ醤油の加減がなかなか合わない。

「言葉の階(きざはし)」第十三章:コバエがやってきた

2018年8月15日 水曜日

「言葉の階(きざはし)」第十三章:コバエがやってきた

特別連載企画 第十三章 ~ コバエがやってきた
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梅雨時は湿気が多いから、食物の扱いに気を付けなければならない。
この間は大丈夫だったからと、封を開けたものをそのままにしておくと、臭いを発したり、黒ずんできたりする。
それに合わせるがごとくコバエがやたら目に付く。
コバエが活動の中心にしているのは、やはり台所、キッチンだ。
私はといえば、その日の食べ物の廃棄分を三角コーナーのごみ袋に集める。
すると、翌朝その周辺はコバエが数匹飛んでいる。
コバエを駆除するには、殺虫剤を噴霧すればいいと思うが、ドラッグストアーで用意されているのは、
ゴキブリホイホイのような呼び込み式のものだ。水に浸したスポンジをケースに入れるだけのものだが、
最初に使用したとき、結構捕獲したので、「こりゃいい」と愛用者になった。
ところが、以降成果は上がらない。相手も知恵をつけたんじゃないかと思ってしまう。
今日の成果はいかばかりか、と確認しても全然入っていない。その現実のせいか、
それにしても厚かましい。と必要以上に思ってしまう。先日もビール傍らに食事を摂っていたら、
なんとこのビールグラスになじんでいる。挙句の果てに滑ったのか(だったら飛べよ)、
なんと注いであるビールに浴しているではないか。まるで「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉のおやじのような雰囲気だ。
しかも間違いなく大きくなっている。
ハエや蚊を好んで食する鳥がいるように、このコバエを餌にしている生き物がいるのだろう。
生き物の生態系はそんな仕組みの中でなりたっている。
が、どんな生き物が食するのかわからないから、なんとなく不安だ。
気が付くとゴキブリや蚊、蜘蛛の類が室内にいることもよくあることだ。以前からいたのかもしれないが、
食べるものがいるから、住みついているのは事実だ。これはコバエがいるせいかなんて思ったりする。
たまにゴキブリが出てくると、ネズミが好物にしているので、ビクビクしながら暮らすことになる。
ところで、コバエであるが、耳元で飛行している時など、本当に煩わしい。
「え、蚊じゃないか・・・」と思うほど、人のそばを平気で飛び回る。
我々が食物に対して、これは食べたくないからと無駄にしたり、
賞味期限切れだからと廃棄したりといった行動の影響もあるのだろう。
こういった虫が増えていることを認識する。それだけではない。
ペットの廃棄、ごみ回収日の遵守など、さまざまな要因で、生態系、食物連鎖は乱れる。
「枕草子」内「にくきもの」の段に

眠たしと思ひて臥したるに、蚊の細声に わびし気に名のりて顔のほど飛びありく。
羽声さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ
とある。「憎い」と表しながら、どこか季節の流れを感じさせる。
そういえば、昔は涼しさが訪れると、除虫香をたかなかったと聞く。
確かに蚊取り線香を目にすると、殺生するというより、虫を避けるという気がする。
昔は除虫香と呼んでいたものが殺虫剤と呼ばれるようになったが、今日のイメージとは少し違う感じだ。
とはいっても、私の部屋にも殺虫剤がしっかりある。

「言葉の階(きざはし)」第十二章:スポーツ界のいやな雰囲気2

2018年8月9日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第十二章:スポーツ界のいやな雰囲気2

特別連載企画 第十二回

~ スポーツ界のいやな雰囲気 2

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私はスポーツでも勝負に執着している姿を見ると、ある種の畏怖を感じる人間である。
遊びでやっているうちはいい。さほど強くないクラブで身体を鍛える程度ならいい。
しかし、期待が高まれば勝敗にこだわるようになる。
さらに、それが学生対抗となり、県対抗となると様相は変わる。
ましてや国際対抗となると、国の威信などという言葉がちらつく。
オリンピックは金メダルをとれば歓喜がわき、勝者を讃えるが、他国を排斥するある種のナショナリズムを感じる。
そして期待していた選手が芳しい成績を残さないと、非難の目にさらされる。
これは国ならずとも自分が住んでいる都道府県、通っている学校、その地区ということで、その傾向は顕著になる。
たとえば、夏の高校野球。
各都道府県から予選を勝ち抜いた高校が出てくるものだから、否が応でも郷土愛に火が付く。
それが高じるとミスをした選手への誹謗中傷となり、選手を追い込んでいくこともある。
あの簑島―星稜の延長18回のゲーム。今でも甲子園史上最高の試合といわれる1979年の一戦。
しかしその評価とは別にリードを奪い、あと一人というところで
ファウルボールをキャッチできなかった星稜高校の一塁手は、帰郷ののちしばらく外に出なかったという。
それほど世間の目は怖い。
また、星稜 松井選手をすべての打席、敬遠した明徳義塾に対し、あの時マスコミはこぞって叩いた。
指示した馬淵監督はもう辞めるだろうと思ったが、続行。今日では「高知高校球界の名監督」と評価されている。
一方、敬遠した投手はその後東都大学連盟に加盟する大学に進学。
ただし投手ではなく、外野手として登録されていた。あのとき、監督は「勝ってなんぼのもの」と勝利を優先した。
勝利を手にし、甲子園での勝ち星から名将と言われるが、敬遠した投手の想いはいかばかりのものか?
学生スポーツの判断は難しい。今回、日大アメフト部もごく普通のこととして、判断を下し、実行させた。
そしてこんな騒ぎになるなんて、思ってもいなかった。
恐ろしいことだが、この程度のことなら、過去にも結構あったという認識だ。
さて、自分が根をつめていることは、往々にして「事」が見えてこないものかもしれない。
日本は戦時中、日華事変から太平洋戦争に突入した折、
さまざまなメディアを通して、国威高揚を国民に植え付けようとした。戦争映画を作り、絶え間なく上映。
スクリーンに映し出されるニュースまで「欲しがりません、勝つまでは」と訴える。
お芝居も軍事色に包まれる。情報として流れてくるもの、文化として伝わってくるもの。
スクリーン、ステージ含め、目に触れるものは国家もよって、軍治一色に統一されていく。
さて、スポーツはいかなる道を歩んでいたのか?
外来語、たとえばストライク、ボールは「よし」「はずれ」と日本語に変えられる。
海外のものは駄目、すべて日本語、日本のもの。日本を世の中の中心に据える八紘一宇の世界観。
そのような中で、スポーツの指導、教育はしごきへと連鎖し、
できない人間に対して暴言、いや暴力、力に訴えるようになる。
今回、日大アメフト部で加害者の部員に対して行った一連の行動、言動はまさに昔から続く、
「疎外感」と「悪魔の誘い」に他ならない。知らず知らずのうちに洗脳され、善悪の判断はつかなくなる。
このような対応、指導が蔓延し、相手を憎い対象、忌むべき存在と思わせることは難しいことではない。
「スポーツの日大」というらしい。たしかにこれだけの資金があれば、いい選手も集まるだろう。
監督とコーチの記者会見があった翌日から「関東インカレ」いわゆる関東学生陸上選手権が始まった。
日大の選手はどうか?{我ながら嫌な性格}と、チェックした。しっかり勝っていた、アフリカからの留学生が。

「言葉の階(きざはし)」第十一章:スポーツ界のいやな雰囲気

2018年8月7日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」第十一章:スポーツ界のいやな雰囲気
特別連載企画 第十一回 ~ スポーツ界のいやな雰囲気 
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昨年末から、日本のスポーツ界でいろいろな不祥事が発生している。
その多くが競技団体、チームなどによるパワハラときているからたちが悪い。
まずは大相撲。現役のモンゴル出身の横綱が地方巡業の折、
他の部屋に所属しているやはりモンゴル出身の力士たちと宴席を実施。その席で暴行に及ぶ。
理由は・・・「態度が悪い」後日、横綱は角界を退く。

次に騒がれたのがレスリング協会。オリンピック金メダルを獲得した女子選手が、
練習の場を広げたいと、強化部長に申し出る。
が自分の指導では満足できず、広く練習を求める選手に会場すべて取り上げる。
さらにバトミントンで、辣腕のコーチが選手への賞金を着服。所属企業から契約解除。
オリンピック候補の女子ペアが所属企業を離れ、このコーチについていくと表明。
そして今度は学生スポーツ。しかも日大アメリカンフットボウルによる違法タックルだ。
ここで、日大は「危機管理」の処理に関し、見事なまでに誤った対応をした。
事の起こりは関西学院大学との春のオープン戦において、相手QBを個人的に狙った反則タックル。
大学アメフト界は関西の関学、京大に関東の名門 日大が挑むという図式。
その2校が春に試合をする。両チームにとっては今シーズンを占う定期戦だ。
この試合で日大のディフェンダーが関学QBに対して、怪我を負わせるかのように反則を繰り返した。
なぜ?・・・監督、コーチの指示という噂がまことしやかに流れてくる。
同時にその時のプレーがネット上に流れるようになった。正直大したことでもないだろうと思っていた。
速やかにお詫び、見舞いをし、原因を明確にして、二度とこのようなことを起こさないことを伝えればいい。
ところが動きがない。やがてテレビのワイドショー的番組はこぞって特集を組み始めた。
おなじみの芸能人が本気になって苦言をまくしたてる。
聞けば被害に遭った選手は医療機関に通うようになり、加害者側は何ら行動を起こしていない。
関学は文書で日大に問いただしている。これが事件後2週間経過した状況だ。
本当かよ?2週間たってもお見舞、お詫びに行ってないって・・・どういう神経しているんだ。
そうこう言っているうちに加害者の選手が記者会見を行った。
お詫びの意をはっきり表し、どうしてこのようなことが起きたか明確に話す。二十歳の若者に教えられた会見だった。
今回のプレーは監督、コーチの指示である。
このところろくに実践的な練習をさせてもらえず、精神的に追いこまれていた。

あのQBに負傷を負わせるのなら、試合に出させてやる
見舞いに行くことを申し出たが、拒否された。
以上、普通の感覚では信じられない監督、コーチの判断である。この記者会見に同席しないのも当然だ。
日大の監督は囲み取材でも「カンセイガクイン」を「カンサイガクイン」と言い続け、
それを周囲の誰も訂正しない。おそらくこんな問題、時間がたてば収まる。
と高をくくっているというのが明らかだ。

「どこの大学だって・・・」「すぐに騒ぎもおさまるだろう」そんな想いもあったろう。
しかし、これだけ画像が露出する時代、ニュースが誰の耳にも入ってくる時代、そんなに甘いもんじゃなかった。
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