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「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ


「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ

特別連載企画 第十九章 ~ カミナリ ~

 小さい頃、子供たちの好きなものとして「巨人」「大鵬」「卵焼き」、
そして怖いものとして「地震」「カミナリ」「火事」「親父」と、よく口にしていた。
大鵬はすでにこの世になく食生活がこれだけ豊かになると卵焼きを好物とする子供たちも少なくなってきた。
残る巨人軍であるが、スポーツが多様化し、野球中継自体も少なくなってきた。
以前のような絶対的強いイメージもなくなってきた今日、
子供にとってヒーローというイメージはあまり見いだせない。

怖いもののほうであるが親父については今日威厳は完全に地に落ち、怖くも偉くもない人になってしまった。
むしろ子供にとっては、逆にきつい言葉を吐ける存在だろう。だが、災害に対する恐怖は今でも強い。
火事についてはそれぞれの家庭が注意すれば概ね安全だろうが、
自然災害は人の力ではどうにもならないものだ。
定期的に発生する地震は、そのもたらす被害状況からも最も恐ろしさを感じるものの一つだろう。
それにしても幼いうちから呪文のようにこの四項目を口にしてきたために、結構強い防衛本能が働く。

幼い頃、カミナリというのは雲の上で雷神が騒ぐためにおこるものと思うときがあった。
漫画の世界でも、昔の画でもさかんに描かれていたのだから、そう信じても致し方なかったかもしれない。
カミナリが落ちるというのは、
高熱をもった岩か火の玉のような何かが落ちてくるものかとぼんやり空想していた。
最近ではカミナリも忙しくなり、昼日中から大暴れしているが、
昔は夕立の言葉通り、降るときは以下のようなパターンだった。
3時ごろから雲がニョキニョキと昇っていく。
あたりが暗くなってきたなと思う間もなくザーツと一気にくる。我が家ではこんな時、蚊帳を吊っていた。
当時、カミナリが落ちるとへそがとられると聞いていたから、
消え入りそうな声で「落ちないよね」と親に確認していた。
幸いなことに落雷でへそがとられることはなかった。
もっともそれより先に雷神にへそがとられることなどない、ということを知ったが・・・

私はなぜかこの蚊帳の中に入るのが好きだった。
元々はその名の通り蚊を防ぐためのものだが、悪霊から守るためだとも聞く。
たとえ、屋根、天井を突き破って、カミナリが落ちても蚊帳がしっかり守ってくれるものだと信じていた。
でもどうやって守るんだか・・・いずれにしても蚊帳の中に入ると、不思議と安心感があった。
それは、あの麻の独特のにおいと、一つの蚊帳の中に家族みんなで横になることだった。

そんな夕立もさほど長く居座るわけでもなく、
1時間余りで涼風とともに晴れやかな天気が見上げれば広がっていた。
最近はこうした夕立が少なくなった。
今年8月下旬から9月に東京を襲ったカミナリは雨も雷鳴も途切れることもなく、人の暮らしを乱した。
「こりゃ、落ちたな」と、つぶやく間もなく、またドカーン。
しかも雨のほうはいかにも大粒そうな雨音がたたきつけている。まさに容赦ないという感じだ。
人の世に優しさが見いだせなくなったもんな。当たり前のように昨日1日で9月一月分の雨と知らされる。
その雨の恵みを知らされないまま、自然は我々の想像以上に強烈になっていく。

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