「言葉の階(きざはし)」第二十八章:坊主


  「言葉の階(きざはし)」第二十八章:坊主
   特別連載企画 第二十八章 ~ 坊主 ~


 幼い頃、商店街を歩いていると「坊主」と呼ばれることがあった。
 少し大きくなって、モノを買うくらいの小銭をもっていると、「兄ちゃん」と声をかけられた。
けっして品のいい街ではなかったが、売る人と買う人がいつの間にか顔見知りになる街だった。
 さしずめ今の状況だったら「おっちゃん」ということになるのだろうか。
 それにしても、髪の毛をきれいに刈り上げたわけでもないのに、
ましてや剃り上げたわけでもないのに、何故「坊主」と言われるのだろう。
 辞書を引いてみると、元々はその名の通り、坊さん、僧侶を指していたようだ。
それが関西方面で男の子を「坊主」と呼ぶ習慣があって、いつしか全国的に広まったという。
おそらく事の始まりは髪形だろう。サザエさんに出てくるカツオ君のように、
以前は刈り上げた頭髪が小学生の一般的なものだったのかと思う。

 坊主という言葉がつくもので、「台湾坊主」という低気圧があった。
立春が過ぎたころ、台湾付近で発生。太平洋上を発達しながら通過。
水分を多く含んでいるので、雪粒は大きくべちゃべちゃと地をたたいて落ちる。
東京で降る雪のほとんどは、この「台湾坊主」によるものだった。
今年の陽気は寒暖の差が激しく、先日「春一番」が吹くかも、なんて言ってたのに、
今度は「この冬一番の冷え込みです」なんて言っている。
立春の後だから、冬でもないだろう。と、思うが、季節感もないこの時代、寒ければ冬と言い、
暖かくなれば春らしいと口にしても何ら違和感はなく、むしろわかりやすい。
ちなみに「台湾坊主」という言葉はほとんど耳にすることはなくなった。
国名が気象用語として使われる、しかもあまりいい天気でもないから配慮したのだろうか?
でも「台湾坊主」というのはわかりやすかった。その言葉だけで春に降る湿った雪と理解できる。
これが「春になって発生した冬型の太平洋低気圧」なんて言っていると、季節がわからなくなってくる。

さて、坊主という言葉でもうひとつ。 「三日坊主」という言葉がある。
私は小さい内から典型的な「三日坊主ボーイ」だった。 
正月、新学期など何か新しい節目を迎えると 
「よし、日記をつけよう」「小遣いの収支をつけよう」「これをやろう」と思い立つ。 
しかも形から入るので、新しいノートやグラフ帳がなければ気が進まない。 
我ながら厄介な性分だと思うが、途中まで書き記したものは、もうそれだけでトーンが落ちる。
さらに実用性よりもデザイン性を好むといういわゆるミーハー嗜好があるのだ。 
といっても、女性好みのイラストがあったり、カラフルなものが好みではない。 
マス目のサイズとかすっきりとしたレイアウトが好みだった。 
だから書き始めの2,3日は本当にきれいにまとめる。
字も丁寧だが、非常にわかりやすく段落を作っているのだ。 
ところで「三日坊主」とは坊さんか子供かいずれを指しているか? 
こんな経験があったから、当然子供と思っていた。違っていた。 
あまりに厳しい修行に耐えられずにあきらめる。というのが由来している。坊さん、僧侶を想定している。 
そもそも三日坊主になる人というのは、「飽きっぽい」「長続きしない」・・・そりゃそうだろうな。 
自分自身のことを振り返る。すると、「三日坊主」の原因は、どうも「計画性のなさ」ということに突き当たる。 
思いつくのはいいが、先々のことを全然考えない。その結果・・・投げ出してしまう。 
これは今でも続いている。ここで文章を書かせていただいているが、思いつきだけで、書きだすが結構多い。
 だから書きだした時と結びの時とどうも同じ流れではない。一貫性がなく、辻褄が合わない。 
これけっこうあるんです。

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