「言葉の階(きざはし)」第三十一章:なごり雪


「言葉の階(きざはし)」第三十一章:なごり雪

特別連載企画 第三十一章 ~ なごり雪 ~


高校時代、飛行機というものはかなり離れたところに行くときに使うものだ、という印象があった。
たとえばハワイ。結婚というものは一生に一度、そして人生最良の旅行がハワイへの新婚旅行。
国内で利用するのなら、北海道、九州、四国。陸続きではないから、乗り物を変えなければならない遠方の地。

高校2年生のクラスは非常に居心地のいいクラスだった。
クラスメートは男女関係なく、誰とでも話しやすい雰囲気があった。
これは私のように、特定の女性と仲良くなることが不得手の男性にとってはありがたいことだった。
まるでテレビの青春ドラマのように、当時の出来事が思い出される。
武甲山登山、文化祭、授業ボイコット、修学旅行、スケートリンク、学級閉鎖という様々な出来事の合間に
いくつか心に残る思い出がちりばめられている。

そんなクラスがお別れになる。アイツともコイツとも、あの子ともこの子とも・・・だけど、
本当にもう高校に来ても顔を見ることができなくなる女の子が一人いた。
クラスでもちょっと大人びていて、友達が寄ってくるようなタイプだった。
私とは特別親しいわけでもなかったが、後期にホームルーム委員をやり、クラス新聞を作っていた。
終業式の日に「今日の日はさようなら」を歌って声をつまらせ、
クラスで行った山中湖でなぜか「赤い風船」で涙し、3月下旬、彼女が四国松山に向かって発つのを見送りに、
クラスメートのほとんどが羽田に集まっていた。3月ももう終わるというのに、空港は白一色に覆われていた。
季節外れの雪が止む様子もなく、降りしきっていた。

かぐや姫の曲で「なごり雪」という曲がある。このグループの中心、南こうせつの作ったものではなく、
伊勢正三が作詞作曲。彼は例えばビートルズでいえば、ジョージ・ハリスン。
イーグルスでいえばティモシー・シュミットのような感じで、
次から次へと曲を作り出すタイプではなく、本当に自信のあるものしか発表しないという印象がある。
「22歳の別れ」「ささやかなこの人生」「君と歩いた青春」・・・染みる。
この「なごり雪」という曲は恋、愛、寂しい、悲しい、楽しい、
といった感情の起伏を表す言葉はなく、あくまで写実的につづられる。

汽車を待つ君の横でぼくは時計を気にしてる。季節外れの雪が降ってる。
動き始めた汽車の窓に顔をつけて、君は何か言おうとしている。
君の唇が「さようなら」と動くことが怖くて、下を向いてた。
この日、搭乗前に姿を見せた彼女は想いの他明るく、神妙な顔をしている我々より雄弁だった。
見送りに来た全員と握手なんかしていたから、乗り込むのがギリギリになっていた。
「椿君、椿君には・・・なんでも頼っちゃって・・・ありがとう」それでなくても、
女性の手に触れるなんてこと、めったにないのに、
途中で強く握られたものだから、思わず下を向いてしまった。付き合いはそれっきりだ。
その後、同窓会か何かで顔を合わせたかもしれないが、以前と変わることもなく、
私は「one of them」として存在するだけだ。
しかし、「なごり雪」を耳にすると、あの頃の少ししょっぱい想いがよみがえる。

伊勢正三はこの曲を作った時、
「この東京という都会と、自分の故郷大分は間違いなくレールでつながっている」と口にしていた。
どんなに遠いところでも故郷は・・・戻ることを拒まない。そうだろう。
でもあの頃、距離の隔たりは気持ちの距離感にも結び付いていた。
ちなみに「なごり雪」という言葉は俳句の歳時記、季語にはない、伊勢正三が生み出した言葉だ。

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