「言葉の階(きざはし)」第三十二章:ステイタス
「言葉の階(きざはし)」第三十二章:ステイタス
特別連載企画 第三十二章 ~ ステイタス ~
初めてレストランでフォークとナイフを手にして食事をしたのは、大学1年生のとき。 横浜・外人墓地の前にあるレストランだった。 たかだかハンバーグなんだから箸でいいじゃないかと思うのだが、 店の性格上そうはならないのだろう。 「やっぱり箸が欲しいな」と最後までつぶやいていたが、 「私だって、外でこうして食べるのは初めてなんだから。」と、 同行の女子に言われて、あっさり落ちた。 入学式からまだ一月、同じクラスの男女2名ずつ、これから過ごす大学生活は楽しみに溢れている―― そう予感させるような状況だった。いささか緊張した面持ちで、 周りを意識しながら、神経を皿に集中させる。 なんとか無様な姿をさらす事なく食事を摂ることができた。 ただその時、自分の頭にあったのは数日前に高校時代の恩師と足を運んだ「新宿 中村屋」での話だ。 恩師のお父様というのは大学の教授で、口数は少ないが、厳しかったようだ。 食べるものもそんな贅沢はさせてもらえなかったと聞く。 「おい、何にする?」と、いきなり恩師に尋ねられるが、 カレーの専門店で、何を・・・ビーフ、ポーク、チキンとあってもカレーだよな。 ところが「え、こんなにあるんですか」当時、我々の世代は、誰もがカレーは好きだったような気がする。 御多分にもれず、私もそうだったが、外の店で食べるものという意識はなかった。 「俺が大学に通っていた頃、中村屋でカレーを食べるというのが、 一人前になったと認めてもらえるようなものだった。」 「・・・」 「だから卒業して、給料を稼ぐという立場になってはじめて口にするものだった。」 「それは、その当時の風潮?それとも先生の個人的な・・・」 「ああ、親父の意向だ」 今日では、欲しいものはほとんど手に入れることができる。 嫌なことには関わらずに過ごすことができる。 お祝い事は、何かを達成したかどうかによるものではなく、ただ時期がきたから、 お祝いの席だからということで、モノが供され、お祝いの品を手にするのが一般的だ。 横浜外人墓地の前のレストランに行った時、 私は初めてナイフとフォークを手にして少し大人びた気持ちになっていた。 しかしながら、自分自身の成長過程の中にあることなど全くないことは明らかだった。 ところで、今日我々の生活の中で目先のことでいい、目標を設定してそれを達成するために 努力を重ねている人はどれくらいいるだろう。 恩師からごちそうになった「中村屋のカレー」はその後しばらく口にすることはなかった。 あんな話を耳にすれば、達成感もない自分が、大人になったと自覚することなどない状況の中で、 食することが憚れた。 同時にそんなステイタスのようなものを掲げ、 こだわりを持つことを「だせ―よな」と口ではつぶやきながら、 毅然とそんな状況に身を置ける人が、何か羨ましいような気になった。 漠然と普段毛嫌いしている「真面目」「一生懸命」という言葉がこの時、とても輝いているように思えた。