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「言葉の階(きざはし)」第三十四章:ガス橋まで


「言葉の階(きざはし)」第三十四章:ガス橋まで

特別連載企画 第三十四章 ~ ガス橋まで ~

 

幼稚園に通っていた頃、身体を使う運動をするとき、
園のスタッフの方々はゲームのような要素を取り入れていたようだ。
たとえば、「ハンカチ落とし」。たとえば「だるまさんが転んだ」。
園児たちが元気に身体を動かすことに興味がわくように、幼児教育に取り組んでいたのだろう。
 ところが、私はある種意図をもって行われる運動で、どうにも苦手なものがあった。
「椅子取りゲーム」。これが駄目だった。

幼い頃から近所の年上のにいちゃんたちと遊んでいたから、体力はあった。
必然的に運動神経も人並み以上のものはあった。
脚力、反射神経も悪くなかった。が、極端に人目を気にする子供だった。
妙にすましていたこともあり、我関せずといった雰囲気を漂わす感じで、
かわいらしさを振りまく子供ではないことはたしかだった。

 なぜ駄目だったかというと、椅子を確保しようとして、
仕損じてしまったとき、その一部始終をみんなに見られてしまった。
という意識をなぜか感じてしまうのだ。
そんなこと、たまたま目に入ることはあっても、目を凝らして見ている人なんているわけもないだろう。
なのに「人前で恥ずかしい想いをした」
「みっともない姿をさらした」そんな想いが自分の気持ちの中で、強く残るのだった。

 高校時代、ラグビー部に在籍した。さしたる意味もなかった。 当時は今日と異なり、体育系であれ、 文化系であれクラブに在籍するのが当たり前、という風潮はあった。 家に帰っても特別することはなかったし、夢中になるゲームも存在しなかった。 できる限り高校の施設を利用する――そんな感じだった。頑張っていい成績を残す。 悔いのない高校生活を送る。 そんな人間もいた、その一環で猛練習に耐える、 あるいは同じ目標を抱くチームメイトと思いを一にする。 ある種の友情。信頼。青春ドラマのように自分を研磨し、勝負にこだわっていた。 そんなメンバーを私は客観視していた。少なくとも私にはなかった。 そんな私がたまたま学力試験でいい成績を取ったものだからラグビー部の主将になってしまった。 「部員の自主性を育もう」そんなことを言っていたと思う。 実情は厳しさのない、甘い雰囲気に満ち溢れていた。 強くなるため厳しくすることができなかった。  真剣に「強くなる」「勝つ」と明確に目標をもつメンバーには歯痒かっただろう。 私の関心はクラブより、クラス活動に向いていた。当時クラスではホームルーム委員についていた。 ある種リクレーションといってもいい時間で、勉強のことはさておき、 近くの多摩川で時間をつぶしたり、教室でトランプをしたりしていた。 こういうことはクラスの一部でやっていると不安になるが、みんなでやると元気になる。 クラス全体で活動するということは、各学期にとどまらず、夏休み、冬休みの期間にも及んでいた。  毎週、何かをすること――それが担当の委員だった。 秋の穏やかな日、ホームルームで長距離走をした。多摩川の土手沿いの道、学校からガス橋まで往復のコース。 たかが3キロぐらいか。各自自分のペースで走り出していく。そんな姿を見ながら最後尾で走り出した。 歩くようなスピードで最後まで、のんびりと。  翌日、ラグビー部の練習に行ったら、 「椿、クラスのマラソン大会でビリだったんだって・・・?」と、睨まれた。 一瞬何のことかと思ったが、「ホームルーム」のことだと、すぐ理解した。 単なる遊びだよ、と言っても聞く耳を持たない。 曰く「ビリはないだろう」「ラグビー部のキャプテンが」ということだった。  そんなに目くじらたてて言うことでもないだろうが、自分の気持ちの中で 一生懸命に走ってトップになれないのなら、悠々とビリで走る方がまだいいだろう。という意識があった。 そう、幼い頃からの気持ちの在り方は変わっていないのだ。  今でもあの橋のたもとに出ると、あの想いがよみがえる

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