「言葉の階(きざはし)」第三十五章:ワールドカップ


「言葉の階(きざはし)」 第三十五章:ワールドカップ

特別連載企画 第三十五章  ~ワールドカップ~

 

 

 2019年9月20日から1か月半、日本国内で開催されたラグビーのワールドカップが、
南アフリカの3度目の優勝ということで終了した。

 ラグビーというスポーツは番狂わせの少ない試合が多いといわれている。
かなり以前よりヨーロッパの5か国、南半球の3か国は絶対的な強さを誇っており、
この8強以外の国が勝ち上がることはない、と信じられていた。
前回のイギリス大会で日本が南アフリカを破ったとき、
新聞各紙は「ラグビー史上最大の番狂わせ」と報じたが、
ラグビーに関心をもつ誰もがそう思ったろう。




 そして今大会、日本は世界ランキング2位のアイルランドに勝利。
ラグビー熱は一気に高まる。過去何度かラグビー人気が高まるときはあった。
日本のラグビーは早稲田、明治という対照的なチームカラーの大学の対戦を軸に支えられている。
宿沢、松尾、平尾、早稲田の三羽烏時代(本城、吉野、津布久)、五郎丸などの選手が出てきたときは
一時的ではあれ、人気は上がった。
雪の中、モノクロの世界の中で選手の身体から湯気がたっていた国立競技場での早明戦。
6万人の観衆を集めたこの早明戦に日本ラグビーの思いが詰まっている。
しかし、今回は「強い日本」「勝つ日本」のイメージだ。

 審判のジャッジメントにほとんど文句も言わず、スポーツマンの模範のような選手。
教育面からも、人間育成の上からも感心する。
しかし、それゆえにいつまでも人気を維持することは難しい。
なぜなら好んで苦労したいとは思わないから。
 今回の大会期間中、さまざまなエピソードが紹介された。
スクラムで第1列を担う選手が、攻撃の際、ひたすら走る姿。けがのリハビリに懸命な選手。
「ノーサイド」の言葉通り終了と同時にお互いに讃えあう選手。
そして、試合が中止になったカナダの代表チームが、台風の被災地釜石で、
ごみを処理するボランティア活動に勤しむ姿。
ラグビーはそのキャッチフレーズのごとく
「ONE FOR ALL;ALL FOR ONE」の精神が息づいている。

 この人気が続くようにと、古くからのラグビーファンは願う。しかし、ふと思うことがある。
一つのボールのため、自らを犠牲にするラグビーのマインドは見ている人の心を打つ。
しかし、同時にそれは、ラグビーにスーパープレーはあっても、
スーパースターは存在しない。
誰もが感動するプレーや選手はいても、あこがれのプレーヤーはいない。

 なにより、他のスポーツ選手と比べて選手の収入は極端に低い。
サッカーやバスケット、ベースボールのように
年棒何十、何百憶なんてことはあまり耳にしない。
それゆえ「紳士のスポーツ」なんて言われているのかもしれない。

 ちなみにルールが難しくてわからない――とラグビーにのめりこめない理由の1番の問題。
ただ、ファール名を諳んじてみると意外とどんなことをしているか見えてくる。
「NOT RELEASE THE BALL」
「NOT ROLLAWAY」
「PICK UP」
「COLLAPSING」
「OVER THE TOP」・・・ラグビーはいかにしてエリアを広げていくかを基本としている。
そんなスポーツにとって、動きを妨げる、邪魔をすることがなにより忌むべき行動である。
読んで字のごとし
「ボールを離さない」
「倒れこんでしまう」
「摘まみ上げる」
「倒す・邪魔する」
「上に載る」これらはペナルティーになる。

さらに「NOT 10M」「NOT STRAIGHT」こんなファール名、そのものずばりだもんね。

 とはいっても、多くの人間がボールの周りで動き回って、何やっているのかわからない、
というのが正直なところだ。
サッカーはワイドに展開するが、ラグビーはボールのあるところに人が集中し、
そこから方円の器に水が入り込むように進むスポーツだ。最後に心に残っている言葉。
かつて、釜石でセンタープレーやーとして活躍した森という選手の引退時のひと言。
「ラグビーを通して私が学んだことは何より“優しさ”だった」

 


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