僧侶の方に向けて行う テーマパークのおもてなし講演

2018年10月18日 木曜日

僧侶の方に向けて行う
テーマパークのおもてなし講演  



















先日、10月4日、中部地区の日蓮宗の僧侶の方を前に「テーマパークのおもてなしに学ぶ」というテーマで、
弊社代表理事の鈴木伸英が登壇を致しました。

仏教、及び宗教全体と、ディズニーという一見繋がりのない2つから、
“おもてなし”をテーマにどう人を集めるか、どう幸福を届けるのかについて、お話をさせて頂きました。

私共にとっても、日蓮宗の方にとっても前例のない新たな試みでありましたが、
大変有り難いことに無事に講演を終了することが出来ました。

午前中は基調講演、午後は分科会にてみなさんに具体的におもてなしについて考えていただき、
私にとっても有意義な一日となりました。

また、固定観念にとらわれず、
新たな風を取り入れようとされていらっしゃる僧侶の皆様の姿勢には、大変感銘を受けました。
ご協力、ご参加頂きました日蓮宗の僧侶の皆様、誠にありがとうございました。

尚、嬉しいことに、11月下旬には異なるテーマで日蓮宗の僧侶の方に向けて
二回目となる講演会を開催することとなりました。
講演にご興味のある方や、インタビューの依頼などのご連絡も随時受け付けております。
お気軽に下記までご連絡下さいませ。


担当者名:村松
TEL:03-5530-8730  /   メールアドレス:info@comskillhp.com 

 

「言葉の階(きざはし)」第十七章:お中元

2018年10月16日 火曜日

「言葉の階(きざはし)」第十七章:お中元
 特別連載企画 第十七章 ~ お中元 ~

 旧友からお中元が届いた。
何かを頂けるようなことなどしていないので、「そんなに気を使わないで・・・」と言いながら、
やはり頂くと悪い気はしない。こういったものを頂ける立場ではないが、
ニューオータニ在籍中、所属が宴会予約だったときは、身分不相応にもかなりの品数が届いた。
外部の関係会社に注文をする業務だったから、各会社とも営業活動の一つとして躍起になっていたのだろう。

お中元、お歳暮というのは日頃お世話になっている上司、親族、近所づきあいも含め
個人的に交遊のある方にお礼の意、健康を祈願するためにお届けするものである。
お中元は夏までの半年を、お歳暮は一年間のお礼となるから、
一年に1度という意図があれば、お歳暮で済ませるというのが一般的だ。

小学生の頃を思い出す。当時は近所の付き合いが盛んで、子供同士もよく遊んだが、
親たちもあちこちの家に顔を出してはよく話をしていた。
旅行に行ったりすると、お土産を用意し、盆暮れの時期になると、
「日頃のお礼」とモノを携えて近所の家々を回る人たちもいた。
我が家はこうしたことに気の回る人間はおらず、受け取り専門だった。
当時、乳酸菌飲料のカルピスが子供たちに圧倒的な人気だった。
グラスにすこ~しのカルピスを入れ、冷蔵庫の氷をいくつか入れて、水を灌ぐだけ。
これが夏、お中元の定番だった。景気のいいときはフルーツカルピス、もしくは通常のもの2本セット。
だが、1本だけというのが一般的だった。ちなみに冬は石鹸。おもしろくもなんともない。
「つまらないもので・・・」と言われると、思わず「本当に」と口に出そうだった。

もとより品物を持ってくる方々は「いいもの」を届けようという意識は薄い。
「季節のご挨拶」という意図が強く、モノより気持ち、その意を伝えることを主眼としている。
私は「季節のご挨拶」として届けるものは、こういったものが本来の姿だと思っている。
しかしどうだろう?人にお世話になり、営業としての仕事をしていたりすると、
「恥ずかしくないモノ」「他の人よりいいもの」、
すなわち料金的にそこそこのモノを選ぶようになりがちである。
そして肝心の品物であるが、概ね宅配便で届けるようになり、
「お世話になっています」「よろしくお願いします」という言葉は置き忘れてしまっている。
ただ、品物が流れるだけだ。

夏に入ったばかりの頃、後輩と居酒屋に入った。飲み物のメニューを見ると、
ビールやハイボールといったアルコールに混じってソフトドリンクが記されている。
内容をたどっていくと、ジンジャエールやウーロン茶などとともにカルピスが記されていた。
アルコールを口にする人が減少している今日、アルコールが含まれていないものも多くなければならないだろう。
ただ、乳酸菌飲料ってなんとなく違和感がある。
「カルピスって注文する人っているのかな?」と口にしようかと思ったとき、連れの一人がカルピスを注文した。
「最初だけです」と言っていたが、3時間近くカルピスで通していた。

 

「言葉の階(きざはし)」第十六章:脱脂粉乳ミルク

2018年10月5日 金曜日

「言葉の階(きざはし)」第十六章:脱脂粉乳ミルク

特別連載企画 第十六章 ~ 脱脂粉乳ミルク ~

私が小学校に通っていた時代、昼食はお弁当ではなく、給食だった。
メインの料理の他にパンとミルクがついていたと記憶している。
ミルクといっても、牛乳ではなく、脱脂粉乳と呼ばれるものだった。
脱脂粉乳なんてその音の響きからして、いかにも味はひかえさせていただくという感じだが、
あの頃他に比べるものもなく、毎日そればかりを口にしていると欠かすことのできないもの、
と思いこむようになっていた。

これを飲めば大きくなると、まるで呪文のように聞いていたが、入学以来一切口にすることがなかった同級生が
私よりも大きくなって卒業した。
小学生の頃って、事あるたびに結構クラシック音楽が流れていた。
運動会の時はもちろん入学式や卒業式などの行事。また、給食の時間は全校に音楽が流れていた。
クラシック音楽は普段の生活で、さほど馴染み深いものではないが、それでも気持ちを和らげるものがある。
音楽の分類で、たとえばジャズはリズムだろうが、クラシックはメロディー重視ということになるだろうか?
いずれにしても耳にすれば心地いい。特に食事時というのは、気持ちが穏やかになっていて、
動より静の状況に合うものを好む。行進曲や序曲の類ではなく、管弦楽曲、ピアノ独奏曲などが耳になじむ。

そのような馴染み深い曲の中で、かなり印象に残っているのが、サンサーンスの「白鳥」である。
特に好きなわけではない。ただ、あのチェロの音色が不思議と耳の奥に残り、
午前中の授業が終わったときの独特のアンニュイな気持ちがよみがえる。
脱力感、というか眠気・・・なんにしてもけだるい感じだ。

脱脂粉乳はミルクの粉を湯で溶かしたような代物である。
あまり飲みたくないからと、あるいは熱いのは苦手といつまでも口に運ばないでいると、表面に薄い膜ができてしまう。
これが無気味でかつ美味といえない代物だ。
ましてや口の周りにまとわりつくと、サンタじゃあるまいし、と指で拭うのである。

時折、同世代の人間と小学校時代の頃を話すことがある。
現代と異なり、モノもなく、経済的にも恵まれてはいなかった時代だが、共通の思い出があふれ出す。
そんな話題の中で、「脱脂粉乳」の話も出たりする。
「ありゃまずかったな」と共通の感想だが、インパクトは強かったのだろう。

ところで、あの不気味でうまくもない「脱脂粉乳」を思い出すとき、
なぜかサンサーンスの「白鳥」のメロディーが耳についてくるような感覚になる。
逆もまた然りで、パブロフの犬のように「白鳥」を聴くと、
あの味が、あの器に入った白い飲み物が目の前に浮かんでくる。
ちなみにこんなふうにクラシックの曲をイメージ作りして、覚えようとした。
シチューでベートーヴェンの「田園」、カレーはビゼーの「アルルの女」、
リンゴは「ウィリアムテル序曲」のように。こんな覚え方だから曲目を思い出すときが大変。

「ほらほら、シチューの味の名曲だよ」「シチューに関連した曲?」
誰だって「田園」を思い浮かべているとは思わないよね。
普通の生活の中で、子供の頃の私たちは、自分に合う覚え方をしていたような気がする。

私の場合、余計なことばかり記憶に残る。
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