「言葉の階(きざはし)」第二十一章:暴力の根源は自らにあるのか

2018年11月30日 金曜日

「言葉の階(きざはし)」第二十一章:暴力の根源は自らにあるのか

特別連載企画 第二十一章 ~ 暴力の根源は自らにあるのか ~

 

 

 日本海を挟んで向かい合う、我が国に最も近い国、北朝鮮。
しかしながら、日本人拉致事件、貧しい国家経済にも拘わらず、
国力を誇示するために核開発を進め、新型のミサイルを生み出す。
当然我が国、日本のみならず世界各国にとって脅威になっているのは間違いない。

ところが、軍事力を進める度に発せられる声明に目を通すと、
「我が国に侵入してくる外敵から守るため」という文言が付いている。
核開発は侵略、攻撃のためではなく、あくまで自国防衛のためだと言っているのだ。

始めてアメリカに行ったとき、きわめて明るい国で楽しいのだけれど、
危険な国という想いも持った。ロスアンゼルスのニューオータニ。
ホテルの周辺は中心から外れ、夜は闇の中だ。
車に乗っていても、横断歩道で信号待ちをしていると、ふらついている黒人がそばに寄ってくるんじゃないかと思ってしまう。
この旅行の時も、現地の人とコンビニのようなところにショッピングに行った折、
カメラで店を撮ったら、黒人にからまれた。
明らかに言いがかりだが、「俺たちのことを写しただろ、カメラをよこせ」と言ってきた。
そんな記憶もあったから、信号が青に変わり、車が走り出すまでの時間がやたら長いように思えた。

「この地にいたら、身を守るためのモノが必要だ」そう思うだろうな。
しかし、そんなものを手にしたところで、どれだけ役にたつのだろう。
かつての西部劇のように、襲ってくる相手をバッタバッタ撃つことなんてできるわけもない。
武器は武器としての価値を有するばかりで、実用的なものではない。
利用するには使用の「how to」を理解して、覚悟をもつことが必要となる。

電車内でいざこざがあり、一方が刺されるという事件があった。
刺すということは護身用であれ、何か武器を手にしていたということだ。
護身用と言い、自分を守るためと言い、
人は周囲の人間が自分に対して嫌悪感を持っているかもしれない、と疑念を抱き、それが恐怖心とつながる。
その意識が過剰の防衛意識をもち、何かを身につけなければ落ち着かない。
すなわち「あっちが私に敵意を抱いていたから・・・」
「ナイフを出さなければ、こちらがやられていた」という気持ちになる。
武器を手にすれば、今度は相手も同じことを考えているかも、と疑念を抱くようになる。

交差点で肩が触れる。偶然と思うより先に「自分にからんでいる」という意識が先にたつ。
思わず鋭い目つきで相手を睨んでしまう。
相手は「まずいことをした」「向こうは悪意を持っている」という意識が、
自身のもつ防衛意識を過剰なまでに強める。

「きっとやられる」そんな意識が強くなる。
何か武器を手にするということは、逆に手にすることで周囲の視線が気になり、怯えるものだ。
「彼らも同じようなものを持っている」その想いが強くなって被害者意識を抱くようになる。

北朝鮮が新たなるミサイルを生み出し、それを誇示している。力の誇示は新たなる力を呼び起こす。

「言葉の階(きざはし)」第二十章:小さい秋見つけた

2018年11月21日 水曜日

「言葉の階(きざはし)」第二十章:小さい秋見つけた

特別連載企画 第二十章 ~ 小さい秋見つけた ~


 標題の唱歌は、小学校に入学して始めて音楽の授業で習った歌である。
秋の歌だから1年生の夏休みが終わり、2学期に入ってから教わったのだろう。
じゃー1学期は何を教わっていたのだろう。もう55年の歳月が流れたので定かではないが、
入学した年の1学期は、通常の授業はなく、手先を使った作業ばかりしていたような気がする。

2年生の時だったか「教わった中で、一番好きな歌は?」と尋ねられて、
ほとんどの生徒が「小さい秋見つけた」と答えた。他に教わった曲などあまりないのだから当然だろう。
本当は「潮来笠」か「いつでも夢を」と言いたい子もいたかもしれない。

ところで、クイズ番組で「『小さい秋見つけた』の出だしはどんな歌詞でしょう?」
という問題が出題されたことがあった。ありがちな問題である。
題名が歌の歌詞として複数回出てくるものって、なんとなくその1節が印象に残る。
だからこのときも「小さい秋見つけた 小さい秋見つけた」と答える人が多かったように記憶している。
ちなみに正解は「誰かさんが、誰かさんが、誰かさんが見つけた」である。

ところで、この「小さい秋見つけた」という曲が出ると、
必ずと言っていいほど小学校時代は尋ねられることがあった。
「小さな秋って気づいたものある?」と。この小さな秋って言葉が微妙だ。
単に秋だったら、コスモスでもコオロギでも紅葉でもいいだろう。
でも小さいという表現のため、
たとえばコスモスでもコオロギでも庭先のとか裏の空き地などという言葉を添えないと
「小さい秋」というイメージにならない。
紅葉も色づくのが晩秋であり、山を彩る様は、大きな秋というイメージを醸し出す。
幼い生徒は一生懸命考える。小さい秋って、秋になったばかりだと感じさせるもの。
「お芋食べた」{そうだね}
「石焼き芋食べた」{ちょっと違うかな}
「・・・」 「キリギリスが羽をすっていた」{そうだね}
「セミが大合唱」{う~ん ちょっと違うかな}
「いいじゃないの、暦の上では・・・」 「葉っぱが1枚落ちた」{そうだね}
「落ち葉の道を歩いた」{ちょっと飛ばしすぎじゃ?}「でも集めれば・・・」

昨年のことである。
9月10月でも汗ばむ陽気が多く、
暦の上では秋が深まる頃なのに半そでのYシャツを片付けることがなかなかできなかった
。立冬を迎えるまで半そでのYシャツが必要かと思い始めていた。
その日も紙袋にクリーニングに出すものを入れていた。ところがやけに寒い。
いきなり冬将軍かと思わせるどんよりとした雲。そして北風。
私は冬の装いで夏の衣類のクリーニングを依頼してきた。なんか極端な陽気だと思いつつ。

どうも過ごしやすい季節が置き去りにされた感じだ。
世の中総じて帳尻が合えばいいというのか?
9月10月の平均気温とか一月の降水量や日照時間の数字が告げられる。
でも、あれほど被害をもたらした日のことも我々は記憶にとどめなくなっている。
ましてや今年の平均気温は・・・なんて言われると、
温暖化が進む、氷河期が来るかもしれないと総論的な言葉で済ましてしまう。

季節は徐々に移っていくのに、ちょっと変わってきた。
「小さい秋」も見つけるのが難しい。気が付けば年の瀬だ。
そのうち秋そのものの季節がわからなくなるかもしれない。

「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ

2018年11月12日 月曜日

「言葉の階(きざはし)」第十九章:カミナリ

特別連載企画 第十九章 ~ カミナリ ~

 小さい頃、子供たちの好きなものとして「巨人」「大鵬」「卵焼き」、
そして怖いものとして「地震」「カミナリ」「火事」「親父」と、よく口にしていた。
大鵬はすでにこの世になく食生活がこれだけ豊かになると卵焼きを好物とする子供たちも少なくなってきた。
残る巨人軍であるが、スポーツが多様化し、野球中継自体も少なくなってきた。
以前のような絶対的強いイメージもなくなってきた今日、
子供にとってヒーローというイメージはあまり見いだせない。

怖いもののほうであるが親父については今日威厳は完全に地に落ち、怖くも偉くもない人になってしまった。
むしろ子供にとっては、逆にきつい言葉を吐ける存在だろう。だが、災害に対する恐怖は今でも強い。
火事についてはそれぞれの家庭が注意すれば概ね安全だろうが、
自然災害は人の力ではどうにもならないものだ。
定期的に発生する地震は、そのもたらす被害状況からも最も恐ろしさを感じるものの一つだろう。
それにしても幼いうちから呪文のようにこの四項目を口にしてきたために、結構強い防衛本能が働く。

幼い頃、カミナリというのは雲の上で雷神が騒ぐためにおこるものと思うときがあった。
漫画の世界でも、昔の画でもさかんに描かれていたのだから、そう信じても致し方なかったかもしれない。
カミナリが落ちるというのは、
高熱をもった岩か火の玉のような何かが落ちてくるものかとぼんやり空想していた。
最近ではカミナリも忙しくなり、昼日中から大暴れしているが、
昔は夕立の言葉通り、降るときは以下のようなパターンだった。
3時ごろから雲がニョキニョキと昇っていく。
あたりが暗くなってきたなと思う間もなくザーツと一気にくる。我が家ではこんな時、蚊帳を吊っていた。
当時、カミナリが落ちるとへそがとられると聞いていたから、
消え入りそうな声で「落ちないよね」と親に確認していた。
幸いなことに落雷でへそがとられることはなかった。
もっともそれより先に雷神にへそがとられることなどない、ということを知ったが・・・

私はなぜかこの蚊帳の中に入るのが好きだった。
元々はその名の通り蚊を防ぐためのものだが、悪霊から守るためだとも聞く。
たとえ、屋根、天井を突き破って、カミナリが落ちても蚊帳がしっかり守ってくれるものだと信じていた。
でもどうやって守るんだか・・・いずれにしても蚊帳の中に入ると、不思議と安心感があった。
それは、あの麻の独特のにおいと、一つの蚊帳の中に家族みんなで横になることだった。

そんな夕立もさほど長く居座るわけでもなく、
1時間余りで涼風とともに晴れやかな天気が見上げれば広がっていた。
最近はこうした夕立が少なくなった。
今年8月下旬から9月に東京を襲ったカミナリは雨も雷鳴も途切れることもなく、人の暮らしを乱した。
「こりゃ、落ちたな」と、つぶやく間もなく、またドカーン。
しかも雨のほうはいかにも大粒そうな雨音がたたきつけている。まさに容赦ないという感じだ。
人の世に優しさが見いだせなくなったもんな。当たり前のように昨日1日で9月一月分の雨と知らされる。
その雨の恵みを知らされないまま、自然は我々の想像以上に強烈になっていく。

「言葉の階(きざはし)」第十八章:日比谷映画街

2018年11月7日 水曜日

「言葉の階(きざはし)」第十八章:日比谷映画街

特別連載企画 第十八章 ~ 日比谷映画街 ~

東京ミッドタウン日比谷がオープンして半年余りになる。
私たちの世代にとってこのあたりは、ファッションもいいけれど映画街のイメージが強い。
誰もが一度ならず映画をデートの場所に選んだのではないだろうか。
この東京ミッドタウン日比谷のあたりはそんな映画好きの人間にとってどの映画館よりも憧れがあった。
アメリカ、ロスアンゼルスのチャイニーズシアターの前には多くの映画人の手形が地面に彫られているが、
ここ日比谷もそれを模して日本の映画人の手形が地面に収まっている。
有楽町駅を降り、新橋方面にしばらく歩を進めると日比谷映画街があった。
円形型でアクション映画中心の日比谷映画劇場。大作なら四角い劇場有楽座。
アカデミー賞候補作ならみゆき座。そして女性映画ならスカラ座と映画館はそれぞれの特色を出していた。
それ以外に邦画上映館の千代田劇場。少し離れたところにニューシネマのスバル座があった。
映画なんてどこで見ても同じと思うだろうが、東宝の映画ならここと、なぜかこだわりがあった。

「アラビアのロレンス」が何度目かのリバイバルで公開されたのは、高校に入学した頃だったか、
男性向けスペクタクル映画、名作だが、上映館はなぜかスカラ座。ここはちょっと苦手な劇場だった。
何しろ宝塚劇場があり、建物の周りは平日でも女性客が列を作る。
チケットは1階の売り場で購入し、劇場のある5階か6階にはエレベーターで上がる。
当然乗れば「ご順に前にお詰めください」と、声をかけられる。
劇場のあるフロアーに着けば、扉側の人から降車するわけで、
最初に乗った人は降りる時は最後ということになる。

当時、映画は今日のようにチケットを求めたときに、席が指定されるわけではなかった。
スカラ座は1500席近い座席があったが、それでも見やすい席は埋まってしまうかもしれない。
「アラビアのロレンス」は3時間半の大作で、端の見にくい席だったらいやだな、
さらには万一座れなかったら、長い時間立ち見・・・なんて耐えられない。と不安になっていた。

このように女性客が多く、なんとなく入るのが気恥ずかしいということと、
この映画館の構造のためなんとなく足を向けたくない映画館だった。
それにエレベーターの扉が開いても、私は急ぐようなことはできなかった。
こんなところで急ぐな、悠然と構えよう。
そんな気持ちにはなれないのに、なぜか粋がってやせ我慢をしていた気がする。

「エレベーターの話」は故向田邦子氏も何かの随筆で、
たしか落語を聞きに行った時の逸話として描いている。
「私の方が先なのに・・・」と書きながら全然嫌味にならない。
軽妙な文章に我々はただ「ある、ある」と頷くばかり。

今日、映画館はシネコンと呼ばれる、一つの建物の中にいくつものシアターが入る形式になった。
「今日何観るかな、」と作品名と上映時間を観ながら決める。
アメリカの大迫力の映画が小さなスクリーンのシアターで公開され、
日本のアニメが一番大きな会場でかかっていることも当然の成り行きだ。
観に来ていただいたお客様がしっかり御覧になることが何よりなのだから。

しかし、あの頃劇場に足を踏み入れたときに感じた高揚感は、ない。
それにスクリーン1とか2じゃ、やっぱりしっくりこない。
〇〇劇場、▲座、やはりこれでないと・・・
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