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「言葉の階(きざはし)」第三十六章:タクシー料金

2020年9月24日 木曜日

「言葉の階(きざはし)」第三十六章:タクシー料金

特別連載企画 第三十六章 ~ タクシー料金 ~

 

 

身体の自由が利かなくなって、タクシーを使うことが多くなった。
以前だったら多少無理してもとか、少しぐらい身体に負担があっても動かしたほうがいい、
と結論付け、とにかく金を使わず、体を使うことを第一に考えていた。

 東京・大田区と川崎市・中原区に架かるガス橋の近くに住むようになって4年になる。
改めて地図を見ることもなかったが、川崎側にいながら川崎駅より蒲田駅から利用する方が
距離的にも、時間的にも便利だ。案の定スムーズに流れれば、
蒲田からタクシーを利用した方が早く、かつ料金的にも安価だ。
ただし、橋はいくつもあるわけではないので、
時には混みあっていることも頭に入れておかねばならない。

 先日もいろいろ買い込んだので、電車で帰るのが不安にあり、タクシーを利用した。
ところが、このあたりにあまり来たことがないのか、運転手は道のことをあまり語らず、
抜け道などを知っている様子もない。当たり前の国道を標識に従って通るばかりだった。
すでにガス橋に入る前からいい料金がメーターに表示されていた。
我々はいかなる目的、意図をもってタクシーを利用しているのだろう?と、ふと考えた。

 まず、利便性を期待する。普通に乗車し、降車できるのだったら、電車で構わないだろう。
あえて、タクシーを利用するのは、
手にしているものが傷つかぬよう、損なわれないようにしたいからだ。

 第2に、早くモノを移動させたいから。
特に生もののような食品を手にしているときなど、モノが悪くならないよう、
早く到着したいという理由からだ。

 そして、安心感を得たいがため。
つまり自分自身が安心して「移動できること」が主たる目的だが、
公共の交通機関では揺られ、振られアブナイ。安心して移動したいという想い

 さて、メーターを見る。利用する我々が意図していない時間の経過。
にもかかわらず、その分まで料金が計上されていく。
これっておかしくないか?費やされる時間が長ければ長いほど期待するのは、
映画や演劇の類ぐらいで、それだって、昔の
「風と共に去りぬ」「アラビアのロレンス」「ベン・ハー」ならまだしも、
映画界だって今は長時間の映画は避ける傾向だ。
同じ姿勢で快適に過ごせる時間はそんなに長くはないのだろう。

 ガス橋は混雑していた。タクシーは遅々として進まない。
エンジンを噴かせただけで、メーターが上がるような感覚だ。
こんなところで経済観念を働かせても仕方ないが、生まれついての性格なのだろう、
同じ距離を走って料金が異なると、やたら気になる。
だったら公共の交通手段を利用して、タクシー。特急料金などを控えればいいのだろう。

 いずれにしても、今までで一番高額の蒲田からのタクシー料金だった。
おかげでいつも降車するところより手前で降りた。
運転手は何も言わないが、私は口癖なのだろう、「すみません」という言葉をかけてから
運賃を尋ねてしまった。
こうなると「高いな=」と言えない。相変わらず小市民である。

 

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